この夜を越えて、静寂。

寂寥ディターミネーション


 ぱしゃり、と水たまりを踏みにじる。

 ざあざあと振り続けるその雨に、軽くため息を吐いた。

 

 ……先月は、修学旅行があった。

 楽しげな友人やクラスメイトたちに合わせて、私も笑っていた。 ……表面上は、だが。

 

 だって。

 

 ……だって、彼は、どこにもいない。

 あの春の日、謎めいた転校生と共に、私の幼なじみでもある彼は……突然、消えてしまったのだ。

 

 私は必死に探した。 彼の身内も、学校も、警察までもが、彼を探したのだ。

 そうして遂に彼は見つからなかった。

 亡くなった両親の代わりに彼を育て上げたという彼の叔母夫婦は、警察からの報せに泣き崩れていた。

 

 ……あの謎の転校生の記録や情報は、どこにもなかったけれど……――

 

 

「あーいりっ!」

 

 

 思考を遮るかのように、不意に背後から声をかけられる。

 振り向けば、そこにいたのは別の高校に通う友人……梨子だった。

 茶色い髪をポニーテールにした姿は、いつもどおりで。 なぜか、ひどく安心した。

 

「藍璃ってば、浮かない顔だね。 ……また夕良くんのこと考えてたの?」

 

「ええ、まあ。 ……先月行った修学旅行の記念写真ができてね。 ……でも、緋灯、写ってないから……」

 

 そう言って彼女に渡したのは、一枚の写真。

 ……私の幼なじみが写ってない、賑やかだけれど寂しげな集合集合。

 

「そっか……残念だね。 夕良くん、帰ってきたらきっとガッカリすると思うな」

 

 警察も関係者も生存を諦めている彼のことを、なぜか目の前の彼女だけは「必ず帰ってくるよ」と言い切ってくれた。

 だから私は彼女の前だけでは素直になれるし、ありのままの私を見せることができる。

 

「……そうね。 きっと、“オレも行きたかったのに”って拗ねるわね」

 

 人間関係にはドライだけれど、イベントが嫌いだったわけじゃない彼の言動を想像して、私は思わず笑みを浮かべた。

 

「……藍璃、寂しくないの? 夕良くん、帰ってこなくて……」

 

「……寂しくない……と言えば嘘になるけど。

 でも、私も信じてるもの、緋灯は帰ってくるって。 ……リコ、貴女が信じてくれたみたいに」

 

 なぜだろう、彼女と話していると、不安な気持ちや焦燥感が消えていく。

 ありがとうね、そう呟けば、リコは不思議そうに首を傾げていた。

 

 

 雨はまだ、止まないけれど。

 私はここで待っている。 緋灯、貴方の帰りを……ずっと。

 

 

(彼が遠い“異世界”に行ったなんて、この時の私は、知る由もなく……――)