この夜を越えて、静寂。

祈望スターゲイザー


「――願いを叶える星祭りぃ?」

 

 木目調の家具が揃う、落ち着いた雰囲気の宿屋の一室。

 すっとんきょうな声を出したのは、黒い髪をポニーテールにした青年だった。

 

「そうそう。 なんでもその昔、この村に疫病が流行った際に旅の祈祷師が星空に祈ったところ、瞬く間に疫病が治ったとかなんとか……。

 それ以来、この村では毎年この時期に星祭りをやるんだって」

 

「う、うさんくさ……」

 

 情報を与えたのは、鴇色の髪の青年。

 先ほど買い出しから戻ってきた彼は、荷物を片付けながら言葉を返した。

 

「まあまあ。 でもせっかくのお祭りなんだしさ、何はともあれ楽しまなきゃ損ってね」

 

「……なるほど、それで姫さんがなんか美味そうなもん食べてるのか」

 

 呆れたような声音で黒髪の青年が見やった先には、鴇色の青年と共に帰ってきた青い髪の子ども……の手にある、星の形をした飴細工だった。

 

「……おいしい、です」

 

「それはよかった。 あ、ゆなの分もあるよ? 食べる?」

 

「お前らな……。 ……食べるけど」

 

 なんともゆるい二人にため息を吐いて、ゆな、と呼ばれた青年はその飴細工を受け取った。

 

 

 三人は、所属する何でも屋ギルド『フレイア』に舞い込んできた依頼をこなすため、この村にやって来た。

 いわく、『願いを叶えるというこの村を調査してほしい』とのことで。

 つまり、依頼を完遂するためには、やはり祭りに参加すべきだと……鴇色の青年、ネフィリムは力説した。

 

 

「それでさ。 とりあえず、まずはここの村長さんに挨拶をして、話を聞いた方がいいかなーって思うんだけど」

 

「……それはまあ、そうだな。 こそこそ嗅ぎ回るよりよっぽと健全だ」

 

 ネフィリムの提案に、ゆなは首を縦に振る。

 そうして三人は飴細工を綺麗に食べて、外へと向かったのだった。

 

 

+++

 

 宿屋の外ではすでに人が多く集まっていて、星を模した様々な飾り付けがところ狭しと並んでいた。

 淡い色に光るランタンや、子どもが作ったのであろう少々不格好な壁飾り。

 それらは夕暮れに染まる村を、幻想的な景色へと変えていた。

 

「……これは、なかなかすごいな」

 

「うんうん、ここまで大規模なお祭りはなかなかないよね。

 オレたちみたいな部外者も大歓迎らしいし」

 

 ほら、とネフィリムが指差した先には、旅人らしき服装をした者たちが、地元の者と楽しげに語らっている姿があった。

 

「なるほどな……」

 

 小さな集落ほど、旅人などの部外者を呼び込むことを拒む傾向にある。

 しかしこうして地元住民以外が祭りに参加することにより、経済効果や村の活性化に繋がったりもする。

 それをわかっていてなかなか決断出来ない村長や住民が多い中、この村の村長の決断力や思い切りのよさは、ゆなたちからしてみれば大変珍しく、また好印象だった。

 

 

 

「ようこそ、いらっしゃいました。

 小さな村ですが、どうぞ祭りをお楽しみいただければ幸いです」

 

 村の奥地にひっそりと佇む、質素な民家。

 そこがこの村の長の住まう家だった。

 贅沢が苦手でして、と笑う年若い村長に、ゆなたちは自己紹介をした。

 

「はじめまして。 ギルド『フレイア』のユナイアル・エルリスと申します」

 

「同じくフレイアの、ネフィリム・ジュゼです。 こっちはヨミ。 よろしくお願いします」

 

 二人が頭を下げるのを見習って、子ども……ヨミもぺこりと礼をする。

 そんな三人を村長は微笑ましそうな瞳で見てから、本題に入った。

 

「フレイアの方々なんですね。 それで、うちにはどのようなご用件で?」

 

「はい。 実は……うちのギルドに、ある依頼が届きまして」

 

「なんでも、この村には『願いを叶える』という噂があるそうですね? その真偽を調査してきてほしいとのことです」

 

 ゆなの後を継いでネフィリムがそう説明すれば、村長は納得したような顔をした。

 

「なるほど、そういうことでしたか。

 ……失礼ですが、依頼主はどなたでしょう?」

 

「……すみません、守秘義務がありますので……その質問にはお答えすることができません」

 

「ああ、いえ。 謝るのはこちらの方です。

 ギルドのルールは理解しておりましたが、好奇心に負けて……申し訳ない」

 

 困った顔で笑うゆなに、村長は首を横に振り謝罪をする。

 

「顔をあげてください。 ……ええと、それでは、オレたちは村を見て回って大丈夫でしょうか?」

 

「ええ、問題ありません。 ……どうぞ、この村の噂の真偽を確かめてください」

 

 

 

+++

 

 村長が言うには、村の西に『祈りの丘』と呼ばれる場所があるらしい。

 かつてこの村を疫病から救った祈祷師が祈りを捧げたのがその丘で、それ以来村の聖地として祭りの日以外は立ち入りを禁じているという。

 ゆなたち三人は、その場所を目指して歩いていた。

 

「……あ……」

 

 不意に、ヨミが声をあげた。

 隣にいたネフィリムは小さなそれに気づき、子どもの視線の先を追う。

 そこには、ヨミより少し年上のように見える蒼い髪の少年が佇んでいた。

 彼はこちらをじっと見つめていたが、やがて視線を外しどこかへと駆けて行った。

 

「……っま、待って……!!」

 

「姫さん!!」

 

「ヨミちゃん!?」

 

 そんな少年を追いかけるように、ヨミも走り出してしまう。

 ゆなとネフィリムはそれに慌てて、子どもの名を呼びながら後を追った。

 そうして難なくヨミに追いついた二人は、走りながら子どもに問いかける。

 

「姫さん、あの子がどうしたんだよ?」

 

「……わ、わかりません……! でも、なんか……追いかけないといけないと思って……っ!」

 

 息を切らしながら答えたヨミは、それでも視線はしっかりと少年を捉えたままだった。

 

 

 やがて三人は拓けた丘にたどり着いた。

 いつの間にか夕陽は沈み、空には星々が輝いている。

 そんな星空の下……村を見渡せる丘の頂上で、先ほどの少年がこちらを見ていた。

 

「……ここが、『祈りの丘』か……?

 それで、お前は一体何者なんだ?」

 

 位置的に、この場所が村長の言っていた『祈りの丘』だろうと判断し、ゆなは目の前の少年に声をかけた。

 少年はふわりと笑う。

 

『オレは……そうだね。 何者でもない存在。

 夜空とも言えるし、空に瞬く星とも言えるし……人々の“願い”とも、祈りとも言える。

 誰かに祈られる存在。 “願い”をひとつだけ、叶える存在。

 それが、オレだよ』

 

 なんとも抽象的な話をする彼に、ゆなたちは眉をひそめる。

 しかし少年は、そんな彼らを横目に真っ直ぐにヨミを見つめた。

 

『それで、“願い”があるのはきみだよね?

 オレは、“願い”がある人の前にしか姿を現せないから。

 どんな“願い”なの? 教えてくれる?』

 

「え……ぼく、ですか? “願い”……?」

 

 突然の言葉に、ヨミはきょとんとする。

 しかしそんな子どもの頭を、隣にいたネフィリムが楽しそうに軽く叩いた。

 

「いいじゃん、せっかくだし叶えてもらったら。

 どんな“願い”がオレも気になるし!」

 

「ネムはそれが理由だろ……。

 でもまあ、噂の真偽も確認できるし。 頼めるかな、姫さん?」

 

 ゆなにまでそう言われてしまい、ヨミは困った顔で少年を見やる。

 考え込む子どもを見て、ゆなはヨミを指名した理由を少年に尋ねてみた。

 

「しかし、なんでまた姫さん……ヨミなんだ?」

 

『この中では、この子が一番つよい“願い”を持っていたからね』

 

 つよい“願い”。 それを持つという割には、ヨミは俯いて何かを考えているようだった。

 ……まるで、その“願い”を口に出すのをためらうように。

 

「……なんでもいいんですか?」

 

『うん。 ……まあ、自然の摂理に反していなければね。

 さあ、ヨミ。 “願い”を教えて。 ……この夜空に、願って!』

 

 こちらへと手を伸ばす少年のその発言を受けて、ヨミは意を決したように顔をあげ……深く、息を吸い込んだ。

 その深い紅の瞳は、真っ直ぐに少年と……その背後にある星空を見据えて。

 

「……あ、あの、ぼく……っ! ぼく、は……っ」

 

 他人の顔色を伺い、自分の意見を言うのが苦手なその子どもは、それでもと声をあげる。

 ……大切な“願い”を、託すように。 夜空に“願い”をかけるために……――

 

 

「ずっと、ずっと……ギルドのみんなと、一緒にいたい、です!」

 

 

 ……とある事情から、子どもはずっと独りぼっちだった。

 たった一人、ネフィリムだけが傍にいたけれど。

 彼に連れられ世界を見た子どもは、ギルド『フレイア』のメンバーたちに出会い……そうして独りぼっちではなくなった。

 

 孤独を恐れる、ヨミらしい“願い”だった。

 

 

『……なるほどね。 だけど、永遠なんてものは存在しない……。 でもまあ、悪くない“願い”だ』

 

 どこまでも純粋で、透き通っている。 ……この星空のように。

 嬉しそうに笑う少年の体が、ふわりと輝き始めた。

 

『ヨミ。 きみの“願い”、確かにこの夜空が聞き届けた。

 必ず叶えよう……きみに、願い星の加護を!』

 

 謳うように語る少年に合わせて、ヨミの体にも光が帯びる。

 それはとても優しい光。 遠い星の輝きのような、月に反射する太陽の光のような……――

 

「……これが、加護……?」

 

『そう。 きみの“願い”を叶えるためのね。

 ……さて、オレはそろそろ行くよ』

 

 光が収束した自身の体を抱きしめて呟くヨミに、少年は肯定する。

 暖かくて、どこか懐かしい……そんな感覚が、ヨミを包んでいた。

 

「よく分からないが……少年。 ひとつだけ聞いてもいいか?」

 

『うん、手短にね』

 

 黙って一連の現象を観察していたゆなが、ふと少年に声をかける。

 光に包まれたまま消えゆく彼は、時間がないから、と青年を促した。

 

「どーも。 昔、この村を疫病から救ったってのも……お前か?」

 

『そうだね。 厳密に言えば、祈祷師の強い“願い”を星空が叶えたんだけど……オレが彼をここに連れてきたから、まあ間違いではないかな?』

 

 オレは星空でもあるからね。

 そう言って笑う少年は、彼らに向かって手を振った。

 

『それじゃあ、この辺で。

 ……ヨミのこと、よろしくね。 何でも屋ギルドのお兄さんたち』

 

「あっ……あの……っ! ありがとう、ございましたっ!」

 

 ぺこりと頭を下げたヨミに優しい笑みを向けて……その少年は、夜空へとふわりと消え去ってしまった。

 

 まるで最初から何もなかったかのような静けさを迎えたその丘の上で、三人はしばし呆けたように星空を見上げていた。

 

 どこまでも広がるような、その輝く星空を――

 

 

+++

 

『結局、姫さんの“願い”が叶ったか否かはよくわからない。

 ただ、当の本人は何か納得したのか、加護とやらのお陰なのか、比較的明るくなったようだ。

 それはとてもいい傾向だと思う。 ネムもひどく安心していたし。

 

 ……しかし、あの少年が何者かはわからなかった。

 恐らく“願い”を叶える存在、あるいはその化身とかだろう。

 ……自分で書いていておきながら突飛な考えすぎるが。

 

 だが、あの村が過去にあの少年によって疫病から救われたのは、事実なのだろう。

 うちの姫さんはわからないが……そもそも姫さんの“願い”自体が曖昧というか、願って叶うものでもないというか……とにかく。

 

 噂は真実だと、オレは判断します。

 

 が、無用な混乱や悪意を避けるために、噂は噂のまま、公表しない方がいいだろうな。

 

 以上、報告でした。

 ――ギルド『フレイア』団員・ユナイアル・エルリス』

 

 

 真面目な青年らしい丁寧な字で書かれた、そのくせ砕けた内容の手紙……もとい、報告書を読み終わり、依頼主である少女は小さく笑った。

 偶然自国の民から聞いた噂が気になって、知己である青年が所属するギルドに依頼を出してみれば、予想以上の成果が出た。

 

(……でも、ゆなの言う通り、噂は噂のままの方がきっといいわね)

 

 

「失礼します。 シルフィリサーナ殿下、お時間です」

 

「ええ、今行くわ」

 

 部屋のドアを開け一礼をした兵士に頷いて、少女……シルフィリサーナ・シルファ・フォルティシアは椅子から立ち上がる。

 青年からの手紙を、鍵つきの引き出しに仕舞うことも忘れずに。

 

 

 広い廊下の壁に備え付けられた、大きな窓。

 部屋から出たシルフィリサーナの視界に入ったのは、その窓から見える一面の星空だった。

 

「……どうか、ヨミの“願い”が叶いますように」

 

 夜空に祈るように呟いて、彼女はギルドにいるであろう小さな子どもに想いを馳せる。

 

 願わくば、あの子に幸福を……――

 

 

 

+++

 

 今日も今日とて、ギルドのおしごとです。

 大変だけれど、とても楽しい。 いろんなところに行けるから。

 

「“願い”は叶ったか、姫さん?」

 

 ネムくんに連れられて、ぼくは世界を知った。

 望むものなんて何もなかったはずなのに、たくさんの人と触れあって、フレイアに入って、そうして願ってしまった。

 

 ずっと一緒にいたい、と。

 

 “願い”が叶ったかはまだわからない。

 だけどネムくんも、ゆなさんも、ギルドのみんなも言ってくれたから。

 ずっと傍にいると……そう言ってくれたから。

 

 

「……はいっ!」

 

 

 ぼくは信じてる。 “願い”が叶ったと。

 あの日夜空にかけた“願い”は、きっと叶ったのだと……――

 

 

 問いかけてきたゆなさんに、ぼくは笑顔で頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 祈望スターゲイザー