「突然ですがクリスマスパーティーを開催します!」
突如もたらされたその宣言に、オレたちは顔を見合わせ困惑した。
街はクリスマスムード一色。厳密にはクリスマスではなく【創造神】アズール・ローゼリアの生誕祭らしいのだが、木々を飾ったりプレゼントを贈り合ったり、という行為は紛れもなく現代日本のクリスマスとそっくりで。
なので、地球出身の面々(主にオレと深雪先輩なのだが)はその行事を“クリスマス”と呼んでいた。
閑話休題。
「……ホントに突然ッスね?」
「いやあ、クリスマスムードの街を見ているとつい」
何とかそう言葉を返せば、発言者……深雪先輩が悪びれもなく笑う。
気持ちはわかりますけど、と頷いて、オレは仲間たちをぐるりと見回した。
ざっくりクリスマスとは何か、という説明をすると、それぞれ納得がいったようで、彼らは早速パーティーの準備について話し始めていた。
買い出しを担当するもの、料理を担当するもの、飾りを担当するものなど、それぞれ適材適所で担当を決めていく。
「パーティー会場ですが、宿のご主人のご厚意で食堂を使わせていただくことができました!」
「根回しがいいというか行動力の化身というか……」
「ホリデーシーズンで他の宿泊者が少ないから出来る技だな……」
その行動力に感心して、オレとソレイユ先輩がそう漏らす。
なんでも、この世界の人々は基本的に“生誕祭”前後はなるべく家で家族と過ごすのだそうだ。
そんな説明を小耳に挟みながら、さてオレは何をやろうかな、と思案した……その時。
「ところで、ひとつ相談があるのですが」
「……相談、ッスか……?」
不意に、深雪先輩が真剣な瞳でオレを見つめた。
それに何となく嫌な予感を感じ、思わず後退ってしまう。
「まあまあ、逃げないでください。
実は宿の食堂を借りる代わりに、あるお願いをされまして」
……曰く、街の子どもたちにプレゼントを配る役を任されていた人が、昨日魔物に襲われ負傷したのだとか。
動けないその人の代わりに、プレゼントを配って欲しい……とのことらしい。
「というわけで、ヒアくんと夜くんにサンタクロース役をお願いしますネ!」
「決定事項!?」
正式にはサンタクロースという名称ではないはずだけど、と呑気なツッコミを脳内で入れるオレとは真逆に、突然名を呼ばれた夜先輩が長い青髪を揺らしながら驚いていた。
けれど、結局抵抗も虚しく、すでにプレゼントは預かっているから、とそれが入っているらしい袋を押し付けられ、オレたち二人は宿の外へと放り出されたのだった。
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「はい、どうぞー。よい聖夜を!」
「わあ、ありがとうお兄ちゃん!」
袋の中から綺麗にラッピングされた箱を取り出し手渡すと、子どもたちは歓声を上げて受け取り、礼儀正しくお礼を言ってくれた。
袋の中に入っていた地図を片手に、子どものいる家を訪ねて周り、プレゼントを渡すだけ。
最初は渋々だったその仕事だが、子どもたちの笑顔を見ている内に楽しくなってきた。
思い思いの言葉で喜ぶ姿に、胸が暖かくなる。
「……よし、さっきの子たちで最後ッスね」
バイバイ、と手を振る女の子たちに振り返して、オレは背後にいた夜先輩に声をかける。
先輩は子どもが苦手らしく、この仕事中ずっと困ったような笑みを浮かべていた。
「……うん。ごめんね、任せっぱなしで……」
「別に、楽しいからいいんスけど……。気になるならやってみたら良かったのに、プレゼント渡すの」
「いや……ヒアみたいに、うまくできないから」
申し訳無さそうな先輩に、何度となくそう提案していたのだが、そのどれもが断られてしまっていた。
うまく、とは言うが、ただ子どもたちと話しているだけなのだが……。
そう言えば、彼は立ち止まってしまった。夕風になびく長い髪が、彼の表情を隠してしまう。
「先輩?」
「……ごめんね。こういうこと、したことなくて……。
みんなの“普通”がわからなくて、どう接したらいいかとかどんな顔すればいいかとか……わからなくて」
……なるほど、そういうことか。
オレは内心で納得して、夜先輩の冷たい手を取った。
……夜先輩は、家族からの愛を知らない。クリスマスなどの行事もしたことがないのだと聞いたこともある。
無条件に愛されて、他人からプレゼントを貰い、笑う子どもたち。
彼らに愛情と祝福を込めて、贈り物をする大人たち。
先輩にはそのどれもが、未知数で、未体験で、理解できないものなのだろう。
だから……だからこそ。
「帰りましょう、先輩。きっともう、クリスマスパーティーの準備終わってるでしょうし!」
彼の手を引いて、歩き出す。帰るべき場所へ。在るべき場所へ。
「わ、待って待って、引っ張らないで……!」
慌てたような夜先輩の声に、笑いがこみ上げる。
……きっと深雪先輩は、わざとオレと夜先輩を外に放り出したのだろう。
愛に溢れたクリスマスを知らない彼に、子どもたちの喜ぶ姿を見せ、自分たちとのパーティーを楽しんでもらうために。喜びと祝福を受け取っていいのだと、教えるために。
(さしずめオレは、サンタクロースか何かか)
それはきっと、彼に“愛情”を教えて届ける役目。
目の前に宿が見える。オレはなんだか楽しくなって、繋いだ手はそのままに走り出した。
背後から抗議の声が上がるが、聞こえないふりをする。
そうして宿のドアを開けて、右手に見える食堂へと突入した。
「――お、帰ってきた」
「おかえりなさい!」
すると、色とりどりの飾りを壁やモミの木に似た樹木に飾り付けた室内と、嬉しそうな仲間たちが出迎えてくれた。
驚く夜先輩に、彼らは大成功、とばかりに笑っている。
「すごい……」
「そうでしょうそうでしょう! いやあ、お二人を放り出した後皆さんに全力でデコレーションしてもらった甲斐がありました!」
ぽつり、と漏らした先輩の独り言に、深雪先輩が得意げに頷いた。
そんなアルビノの先輩を見て、巻き込まれた仲間たちは思い思いの表情でため息をついたり苦笑いを浮かべている。
そんな彼らを横目に、オレは夜先輩を彼の相棒―もとい、双子の兄である朝先輩―の元へと送り届けた。
途端に嬉しそうに笑う夜先輩と、釣られて微笑む朝先輩を見届け、オレも自身の相方の側に寄る。
「お疲れ、ヒア」
「おー。なんかそっちも大変だったっぽい? 飾り付けとか」
「まあね。でも深雪の突拍子のなさには慣れてきたから、そんなに」
相方ことソカルとお互いを労いながら普段どおりの他愛もない話をしつつ、回ってきたグラスを受け取った。
中には濃い紫色の液体が入っている。甘い匂いがするので、恐らくこれはぶどうジュースだろう。
「それでは、全員揃いましたのでー。
かんぱーい!」
「乾杯!」
深雪先輩の音頭のあと、あちこちで掛け声と共にグラスが重なり合う音が響いた。
オレも隣にいたソカルと乾杯をし、よく冷えたそのジュースを飲む。
視線の先には、先輩陣からのさり気なくもあたたかい愛情を受け、心の底から笑う夜先輩の姿があった。
(……よかった)
愛情を知らず、困ったように笑うしかできなかった彼は、こうやってたくさんの出来事を知っていくのだろう。
ちょっぴり過保護で、愛情に満ち溢れた仲間たちと共に。
そんな夜先輩に安堵したオレは、自分も満たされた気持ちになり、豪勢な夕食へと手を伸ばしたのだった。
――これは、そんなありふれた聖夜のお話。
Fin.