この夜を越えて、静寂。

追想レゾリューション


 きみが眠りについてから、どれくらいの月日が経ったのだろう?

 一ヶ月、半年、一年、それ以上。

 過ぎていく日々なんて僕には関係なくて、ただ、目の前で眠り続ける弟だけが大切だった。

 

 目を覚まさない、僕の弟。

 触れた手は、頬は、こんなにもあたたかくて、今にも瞳を開けそうなのに。

 

「……さみしいよ、夜……」

 

 彼の眠るベッドの端に頭を埋めて、ぽつり、と呟いた言葉が、白を基調とした静かな部屋に吸い込まれていく。

 さらり、と肩を流れる長い空色の髪。ああ、そうだ。切ってしまおう。

 駆け巡った衝動に、ハサミなんてないから、代わりにナイフを用意する。

 結んだ髪の先を握って、銀色の刃を当てて引き抜いた。

 ぶち、と千切れる音が聞こえて、はらりはらりと落ちていく、髪。

 ぶち、ぶち、と何度も何度も繰り返した。

 

「……っ朝!?」

 

 何度目かのあと、ドアが開く音と共に、僕の名を呼ぶ声が響く。

 

「……ソレイユ」

 

「な、にしてんだよお前! ああもう、髪を切るなら言ってくれたらそれくらい……いやそうじゃなくて!」

 

 らしくない、仲間の彼はひどく動揺しているみたいだ。

 どうしてだろう? 変なの、と笑えば、彼は痛みを堪えたような顔をした。

 

「……朝。夜が起きなくて焦ってるのはわかるけどな。

 そんな顔するなよ。ちゃんと言葉にして吐き出してくれよ」

 

 オレたち、そんな頼りないか?

 ソレイユのことばに、僕はゆるく首を振る。そんなことないよ、信頼してるよ。だけど、自分でもわからないんだ。

 

「か、み……」

 

「ん?」

 

「かみ、切ったら……夜に、近づけるかなって……。

 夜とおなじになって、夜になって、夜が目を覚ましてくれるんじゃないかって……」

 

 ぽつり、ぽつり、と零れていく、想い。瞳から、心から、溢れていく。

 

「こわくて、不安で、苦しくて……僕の存在意義は、夜だけなのに……。

 夜がいなきゃ生きていけない、夜と話がしたい、夜、夜、よる……っ!!」

 

 いたい、いたい、いたい、心が、頭が、カラダ中が。

 溢れた想いは止まらなくて、僕の心を傷つけていく。……だけど。

 

「……朝」

 

 突然、ぽん、と頭に軽い衝撃が走った。

 はっと顔を上げれば、ソレイユが泣きそうな顔で微笑んでいる。

 

「辛いよな。怖いよな。……でも、待つって決めたんだろ?」

 

 ……ああ、そうだ。僕は待つと決めたんだ。

 こんな、胸を刺すような痛みなんて……――

 

(夜、きみが受けた傷に比べれば、なんてことはないよ)

 

「……そう、だね。ごめん、取り乱したりして……」

 

「気にすんなよ。むしろ、そうやって弱いところを見せてくれた方が逆に安心するし」

 

 ニカッと笑う金髪の彼に、心が落ち着いていく。

 ……そうだ。僕は、ひとりじゃない。ソレイユたち仲間が、そばにいてくれる。 

 

 無残な形になっていた髪は仲間の一人に整えられ、僕の髪型は弟そっくりになる。

 

「そっくりだけど、やっぱり違うな、お前ら」

 

 なんて、ソレイユが笑うものだから。

 ああ、僕はきみにはなれないんだな、と改めて自覚した。当たり前だけれど。

 きみの背負う痛みも苦しみも、代わりに背負ってあげられないけれど、分かち合うことは……きっと、できるから。

 だから。

 

「……待ってるよ、夜。ずっと……待ってる、から……みんなと、一緒に……」

 

 祈るように、願うように、僕は囁いた。

 きみの目覚めを、待ってるから。たとえ、この身を不安や焦燥感に引き裂かれそうになっても……ずっと。