(……きみへ。痛いだけのキオクは、忘れてしまっていて)
『――お逃げください、××!』
……ああ、またこの夢だ……。
『早く、お逃げください……っ!』
……燃える建物。叫ぶ誰か。
『×××、××を頼みます!』
『わかった……気をつけて、×××!』
いやだ、待ってくれ、オレは……オレは……っ!!
『さあ、行こう××××!』
手を伸ばしても、叫んでも。
『××××……お願いだから言うことを聞いて……!!』
燃えていく。消えていく。オレの、大切な……――
大切な……――
「……ッうわあああっ!?」
ガバッ、と自分の声に驚いて、目を覚ます。
……ああ、またいつもの夢だ。
崩壊していくどこかの城、オレを逃がそうとする見知らぬ人たち。
昔からよく見る夢だけど、この十七年間その答えが出たことはない。
前世の夢かと思って思い出そうとしたものの、やっぱり思い出せなくて。最近ではもう諦めかけていて、どうでもいいかな、とすら思っていた。
「こぉら、緋灯!!」
そんなオレの思考を遮るように、背後から大声が響く。振り向くと、幼なじみが仁王立ちしていた。
「まーたサボリ!? 良い度胸してるわねサボリ魔の夕良緋灯くん!?」
幼なじみ……篠波藍璃はどうやらオレを探しにわざわざこの屋上まで来たようだ。
そう、ここは神原第二高校の屋上。ついでに現在は授業中で、オレ……夕良緋灯は絶賛サボり中だったのだ。
「って、そういう藍璃こそわざわざ授業中にオレを探しに来たのかよ?」
ご苦労様だな、なんて心にもないことを言いながらオレは立ち上がり伸びをする。
「先生に頼まれたのよ。あんたを探して来いって」
「……先生もいい加減放っておきゃいいのになあ」
オレのその投げやりな発言は、しかし藍璃の逆鱗に触れてしまったようだった。
「あんたねぇ……っ!! わかってんの!? 来週テストよ!? 期末試験よ!?」
「うわっ何でいちいち思い出させんだよこのバカ生徒会副会長っ!!」
そう、藍璃曰わく『サボり魔』なオレに対して、彼女は生徒会副会長という堅苦しいポジションの人間なのだ。
息が詰まりそうだ、オレだったら。
「だーれが『バカ』ですってえ!? この万年赤点人間っ!!」
ああ、もう一つ肩書きを付け加えておこう。藍璃は『ドS』だ。
聞いた話によると生徒会長ですら頭が上がらないらしい。閑話休題。
「ちょっと聞いてるの、このダメ人間っ!!」
「ああハイハイ、お馬鹿なオレのためにわざわざ忠告しにきてくれたんですねー。ありがとう副会長サン」
「あ……あのねぇ……っ!!」
「篠波さん」
オレたちの不毛な言い争いを遮ったのは、赤みがかった灰色の髪の見知らぬ少年だった。
「篠波さん、夕良くん見つかった?」
「あら、ソカルくん。見つかったわよ」
ほら、この通り! と言いたげに、オレの首根っこを掴んで、藍璃は屋上のドアからひょっこり現れた少年に見せる。
「……ソカル? だれあいつ」
「……そうね、ホームルームからサボってたあんたは知らないわね」
ふぅ、とため息をついて、藍璃は説明してくれた。
「彼はソカル・ジェフティくん。海外からの転校生よ」
「よろしく、夕良くん」
「あ……おう。よろしく」
爽やかな笑顔でソカルが笑うもんだから、釣られて笑ってしまう。
こいつも真面目そうだなあ……と不真面目なオレは何とも言えない気持ちになるけれど。
「さっ、緋灯も見つかったことだし教室に戻りましょ!」
藍璃が意気揚々と屋上の出入り口であるドアへと歩き出した。オレはその様子を見て、ため息をひとつ。
面倒だな、と実際に声に出して言ってしまうと地獄耳な藍璃に殺されかねないので、心の中でぽつりと呟く。
しかしオレは先ほど見た夢のせいで、やる気がいつもの半分以下なのだ。ただし当社比だが。
「……夕良くん、いかないの?」
そんなとりとめのないことを思いながらぼんやりと立っていたら、ソカルに促された。
「んー? ああ、行く行く……」
そう適当に返事をして足を踏み出した……瞬間。
ぐらり、とオレの視界が揺れる。
「え……?」
気を失う瞬間見たのは、無表情にオレを見ているソカルだった。
「な……に……」
呟いた後、オレの意識は途切れた……――
+++
『……××××、××××……っ!』
誰かが『オレ』を呼ぶ。ああ、またあの夢だ……。
『しっかりして、××××っ!』
どうやら『オレ』は倒れているらしい。全身が、熱くてだるい。
脇腹に痛みを感じて手を当ててみると、赤いものが……――
あか。あかい、あかい、すべてを喪ういろ……――
「……うわあああっ!?」
慌てて目を覚ます。赤色が目にこびりついて離れない。
「な……な……っ!? ゆ、ゆめ……?」
そりゃそうだ、今のはいつもの夢と同じ場所だったし。
深呼吸して落ち着いてから、オレは改めて状況確認をした。
「えーと、オレ確か屋上で倒れて……あれ?」
そこで初めて今自分がいる場所に疑問を持つ。
ここは青い空と緑の草原がどこまでも広がって……あれ?
「……って草原!?」
「起きたんだ、夕良くん」
オレがビックリしていると、後ろから抑揚のない声が聞こえる。
「……ソカル……? なんで? ていうかどこここ! つかなんでオレこんな格好……!?」
振り向くと、転校生なはずのソカルがいた。
そしてオレの現在の服装はというと、オレンジ色のマントに白いノースリーブの服……簡単に言うと、古代の人が着ていたような格好に変わっていた。
……オレさっきまで制服着てたよな……?
ちなみにソカルも制服ではなく黒いコートを纏っている。オレの服装より暖かそうだな、話が逸れたが。
「なんでって言われても、ね……。説明してもきっと理解できないから今はいいよ。
ここは……異世界・ローズライン」
「い、異世界!? あのアニメとかでよく出てくるアレ!?」
え、なにそのドッキリ。そう驚くオレを横目に、彼は淡々と会話を進める。
「まあ……詳しいことは後々説明するとして、とりあえず……村に行こうか」
そう言って歩き出すソカルに、オレは慌てて尋ねた。とても大事な、しかしながら今更な気がする質問を。
「ちょ、ちょっと待て! お前一体何者なんだよ!?」
オレのその言葉に、ソカルは振り向いて、言った。
「……【死神】、だよ」
天国の父さん、母さん。オレは一体どうなるんだろう……。
運命と記憶の交差点、ハジマリの、記憶。
(はじめまして? さて、どうだろう)
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