「改めて、助けてくださりありがとうございます!」
ニコニコと笑う薄紫の少女に、オレとソカルは顔を見合わせて溜め息をついた。
「私はリブラ・リズ・アルカと申します」
彼女に連れられやってきた喫茶店で、少女……リブラがそう名乗ると猫耳娘たちも自己紹介を始めた。
「アタシはナヅキ・パルンシアだよ」
「僕はフィリディリア・クルス、です。フィリと呼んで下さい」
満面の笑みを浮かべた彼女らの視線が、オレたちに向く。どうやら自己紹介を促されているようだ。
「……オレはヒア。こっちはソカルだ」
「では、リっちゃんにアーくんにソーくん、ですね!」
ため息をつきながら簡単に紹介をすると、それはもう素晴らしい笑顔で楽しげにフィリが言い放った。
え、なにその略し方。
「あー、ごめんね。フィリは人をあだ名で呼ぶ癖があって」
けろっとした表情で、ナヅキが謝罪する。誠意がないのは気のせいだと思っておこう。
「ところで、あの、つかぬ事をお聞きしますが」
自己紹介と雑談も一段落着いたあと、そう前置きしてリブラが唐突に質問してきた。
「ヒアさんは見たことのない服を着てらっしゃるのですが……もしかして、ヒアさんとソカルさんは“双騎士”ですか!?」
興奮したように問うリブラに辟易しながら、オレは頷く。
「そ、そうだけど」
「やっぱり!!」
「えっアンタたちも“双騎士”なのっ!?」
自分の予想が的中したと喜ぶリブラと、驚いた声を上げるナヅキ。
……ん? “アンタたちも”?
「……と、言うことは……お前らも?」
「わあー!! 伝説と言われた“双騎士”が二組も!! すてきですっ!!」
きゃあきゃあはしゃぐリブラを横目にナヅキとフィリは頷いた。
「アタシが“召喚者”って奴で、フィリが“契約者”って奴だよ」
さらりと言い放つナヅキに、オレは“召喚者”が地球以外からも喚ばれることを知る。どう見ても、ナヅキは地球人じゃないからだ。
呆気にとられてるオレとは正反対に、未だにすごいすごいと喜ぶリブラにソカルが問いかける。
「君は“双騎士”について詳しいんだね」
怪訝そうな顔のソカルに気付かない様子でリブラは笑う。
「私、神様やこのローズラインの伝承や伝説が大好きで……」
ああ、なるほど。だから“双騎士”とか詳しいのか。
カミサマが好きだと笑うリブラに、オレはそのカミサマとやらを倒そうとしてるなんて言えるはずもなく、ふーん、と適当に相槌を打ちオレとソカルは立ち上がった。
「? どうしたですか?」
しかしそれにいち早くフィリが気づき、声をかけてくる。
「んー、オレたちもう行くよ。行かなきゃいけないから」
曖昧に笑って、オレたちは喫茶店を出ようとする。
「ちょ、待ってよ!! 同じ“双騎士”なら一緒に行動した方がいいんじゃないの?」
慌ててナヅキがオレとソカルの服の裾を引っ張って引き留める。フィリもこくこくと頷いている。
「……足手まといにならないんだったらね」
酷く冷めた声で、ソカルは言い放つ。
「ならないわよっ!!」
そんな死神の言葉に腹が立ったのか、怒ったように言い返すナヅキ。オレとフィリは顔を見合わせ苦笑いをした。
「あ、あの」
そんなやりとりをオロオロと見ていたリブラが、不意に声を上げた。
「私もついて行っても良いですか?」
ソカルがあからさまに嫌そうな顔をしたのに気づいたのか、リブラは慌てて自己アピールをする。
「じ、自分の身くらい自分で守れますし! それに私、治癒術を心得てます!」
「あー、治癒術使えるのはいいよなぁ」
その治癒術を自分で使えないオレがそう言うと、リブラは顔を明るくした。
「じゃあ……!」
「ちょっと待った」
リブラの声を遮って、相変わらず嫌そうな顔のソカルが待ったをかける。
「僕らはね、君が好きだと言うモノを倒す旅をしてるんだよ」
ああ、そうだよな。リブラにとっては辛い旅になるかもしれないよなあ。
説明役を買って出てくれたソカルに感謝しつつ、オレは黙って彼女を見やった。
「私が……好きな、モノ?」
「そう。……神サマを」
「――ッ!!」
ソカルの淡々とした声音に、リブラは息を飲む。
「え、何それ、そうなの?」
「お前ちょっと空気読めよ。ってか何で知らないんだよ」
小声で話しかけてきたナヅキに突っ込みながら、オレはリブラの決断を待つ。彼女の表情は暗く、何で、とか、そんな、とかとにかく混乱しているのがよくわかった。
だがしばらくして、リブラがようやく俯いていた顔を上げた。
「だったら……」
その瞳には、決意が満ち溢れて。
「だったら、尚更神に対する知識が必要なのではないですか?」
「リブラ、あんた」
思わず、といった感じでナヅキが声をかける。そんな猫耳娘にリブラは微笑んだ。
「連れて行って下さい。【創造神】が喚んだ“双騎士”たちが神を倒すと言うんです。
何か、理由があるのでしょう?」
その理由を知りたいのだと、気丈に笑うリブラ。
「うーん、まあ、オレこの世界のカミサマとかよく知らないしなぁ」
頭を掻きながら、オレはソカルを見る。
「今回はソカルの負けだな。連れてってやろうぜ」
カミサマに対する知識あるし治癒術使えるし、言うことナシだと思うんだけどな。
「ソカルさん……」
「ソカル」
「ソーくん」
リブラに、ナヅキに、フィリに名を呼ばれ、ソカルは観念したようにため息をついた。
「……勝手にすれば?」
そう言って死神はそのまま外へ出て行ってしまった。
「ちょ、ソカルー……」
「何あの態度!」
手を伸ばして情けない声を出してしまったオレとは正反対に、正義感の強いナヅキは彼のその態度が気に食わなかったようだ。
しかし文句を言いつつも、彼女はリブラの方を向いた。
「じゃあ改めてよろしくね、リブラ」
「よろしくです!」
「……はい」
ナヅキとフィリが改めてリブラに挨拶をし、リブラも苦笑いで答える。
「あー……リブラ、その、ごめんな」
そんな彼女の笑顔が痛々しくて、オレは思わず謝罪する。
「いえ、私が無理を言ったんですから……」
首を振る優しい少女に、オレは苦笑する。
「アイツ……ちょっと、人間不信で、」
言いかけてハッと気づく。無意識に言った言葉だった。
――……何でオレ、そんなこと知って、――
「ヒアさん?」
急に黙ったオレを不審に思ったのか、リブラに声をかけられる。オレは慌てて何でもないと首を振った。
「行こうぜ、ソカルが待ってる」
――オレは、ソカルを、知ってる?――
脳裏を過ぎるのは、あの、炎の夢。
秘めた決意は、誰のものか。
Past.05 Fin.
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