ふわふわ、ゆらゆら。
(どこだ、ここ……?)
上下左右がわからないような場所に、オレはいた。
まるで水の中みたいだ。ふわふわして、すごく……あたたかい。 だけどほんの少し、さみしい。そんな、場所。
――きみは、だれ?――
不意に、知らない声が聞こえた。
(……オレ、は……夕良 緋灯)
答えると、空間が笑ったようにゆらりと動いた。
(……おまえは?)
今度はオレが問いかける。微睡むような意識の中、それはほとんど無意識だったのだけれど。
――××の名前は……――
上手く聞き取れず聞き返そうとした瞬間、ぐにゃりと空間が歪む。最後に視たのは、深い海のような……――
+++
「――……ヒアっ!!」
名前を呼ばれて目が覚める。泣きそうなソカルの顔が、そこにあった。
「ソカ、ル?」
少し傾いた太陽に、オレは気を失っていたことを知る。
何か、誰かに会う夢を見た気がするのだが……よく思い出せない。
「何で、オレ……」
「ヒア、いいんだよ思い出さなくても」
オレの呟きに、ソカルが優しい……だけどどこか悲しげな声で答えてくれた。
「アーくん目覚めたですか?」
恐る恐る声をかけてきたのはフィリだった。こいつも泣きそうな顔をしている。
「ああ。 えーっと……心配かけてごめんな?」
「ヒアさんっ!! ご無事で、ご無事で何よりですーっ!!」
安心させようと笑うと、今度はマジ泣きしてるリブラに抱きつかれる。あの、ちょっと苦しいです。
「もう……心配したわよ、ヒア」
ナヅキにまでそう言われてしまい、オレは再度ごめん、と苦笑した。
寝かされてた身体を起こすと軽く目眩がしたが、まあ大丈夫だろう、と自己判断をする。立ち上がろうとすると、隣にいたソカルが手を貸してくれた。
「大丈夫? ヒア」
「ああ、なんとかな」
心配そうなソカルに、笑って答える。
さて、早く次の街に行かなきゃ今日はここで野宿かなー、などと考えながら歩き出そうとした……その瞬間だった。
「よぉ! “双騎士”ども!!」
紅い髪の男が、ひどく唐突にオレたちの前に姿を現したのは。
「だ、誰だお前っ!?」
咄嗟に武器を構えて問えば、男はニヤリと笑った。
「オレの名前はアイレス。いわゆる【神】ってやつだ」
その言葉に、リブラが反応する。
「アイレス……まさか……【戦神】……!?」
「おっ! お嬢さんオレんこと知ってんの!? 光栄だなあ」
本当に嬉しそうに笑う男……アイレスに、オレたちは脱力する。
けれど、一人だけまだ警戒しているソカルが、アイレスに再度問いかけた。
「その神サマの一人が、僕らに何の用?」
「そんな怖い顔すんなよ! 何、簡単なことだ」
気さくな笑顔を浮かべたまま、アイレスはその両手に剣を現出させた。
……えっ!? 一体どこから……!?
「お前ら“双騎士”のチカラを、ちょっと試させてもらおうかなーってな!」
そう言うやいなや、アイレスはオレに襲い掛かってきた。
「ヒアッ!!」
ソカルの叫び声に、オレはとっさに持ってた剣でその攻撃を受け止める。
「へえー! 反射神経はそれなりによし、と!」
「っなんなんだよお前!!」
余裕そうな顔のアイレスに腹が立ってそう言いながら剣を弾き返す。
「何って、だからさっきも言っただろ! 【神】だってな!!」
弾き返されたことを気にもせず、アイレスはオレから距離を取る。
「――“蒼炎よ,我が魂を燃やし……”」
「させない!! ――“『オーバーダーク』”!!」
アイレスが魔法を唱えようとすると、ソカルが鎌を振って魔法を放った。
「くっ!!」
「今度はアタシだよ!! ――“『光蹴撃』”!!」
アイレスがひるんだ隙に、ナヅキが彼に蹴りを入れる。
「――“……此の地に潜む風の歌,今解き放たん! 『フロウウィンド』”!!」
今度はフィリが魔法を放つ。先ほどからずっと呪文を唱えていたようで、よくわからないが強力な魔法のようだった。
「すっげー……」
思わず呆然とその暴風を起こした魔法を見つめる。アイレスは相当なダメージを食らっただろう、と思っていた……のだが。
「ふふふ……あっはっはっは!!」
風が止んで姿を現したアイレスは、無傷だった。
「いやー、威勢がいいなぁ!! 実に良い!!」
「なん……で……!?」
驚くオレたちに、リブラが呟く。
「神様は、神様でないと倒せない……」
「ええっ!? 何それ……!?」
ナヅキの驚愕したような声に、アイレスが笑う。
「はっはっは! いやあお嬢さんは博識だなー!
そのお嬢さんの言うとおり、オレたち【神】は同じ【神】と呼ばれる存在しか倒せないのさ!!」
な……なんだよそれ……!!
オレは思わずソカルを見る。彼はキッとアイレスを睨んだ。
「だけど……【神殺し】なら、君たち【神】を倒せる!」
そんなソカルの言葉をもアイレスは笑って一蹴した。
「あいつは今べこべこのボコボコに傷ついてるって! お前らを助けになんか来るわけねーよ!!」
「ッ!!」
ぐっと押し黙ったソカルに、オレはぐるぐると思考が巡る。
――……だって、神様を倒せって……それが、オレの、この世界ですべきことだって。
そんなオレの思考を遮るように、アイレスが呪文を唱え始めた。
「これで終わりだ!!
――“永遠の業火に抱かれろ!! 『ディモス』”!!」
炎が、オレたちを襲う。……すべて、燃えてしまう?
身体が固まって、逃げる事の出来ないオレの手を、ソカルがぎゅっと握る。フィリが水属性の魔法を唱えようとするけど……多分、間に合わない。
そっと、目を瞑った、その時だった。
――だいじょうぶ、だよ――
先ほどの夢の声が、聴こえたのは……――
それは、深い海のような。
(きみへ。まもるよ、かならず)
Past.07 Fin.