【戦神】アイレスとの戦いから約一時間後。オレたちは次の街へと続く森の中で休憩していた。
「にしても……手も足も出なかったわね……」
ナヅキが気落ちした声で呟く。ソカルも珍しく黙ったままだった。
「で、でも、ヒアさんのお力で何とかなったわけですし!」
暗い空気を払拭するように、リブラが明るい声を出す。
「……オレの力じゃない」
だけど、あの『力』は明らかにオレのものではなくて。思わず否定すると、困惑したリブラと目があってしまった。
「……ごめん」
「……とにかく、落ち込んでいるヒマがあったら先に進もう。その過程で神に対抗できる強さを手にしたらいいんだから」
申し訳なくなって彼女に謝ると、返事を聞く前にソカルが立ち上がってそう言った。
「……と、言うのは簡単なんだけどね」
はあ、とため息をついていることから、ソカルはソカルで落ち込んでいるらしい。
オレはずっと……あの【戦神】に会ってからずっと疑問に思っていたことをソカルに問うことにした。
「ソカル、あのさ……オレたち、本当にカミサマ倒せるのか?」
「それは……」
ソカルが言い淀んだ、その瞬間。
――ドォォォン……!
物凄い大音と動物の叫び声みたいなものが聞こえて、オレたちは立ち上がる。
「なっ何です!?」
魔術書をぎゅっと抱き締めて、フィリが周囲をキョロキョロと見回す。
「……あっ!! ヒアさんソカルさん、後ろ……ッ!!」
悲鳴に近いリブラの声に後ろを向くと、そこにはオレよりもデカい狼みたいな魔物がゆらりと佇んでいた。
「え、うわあッ!?」
突如として攻撃してきたそいつをなんとか躱すが、そのデカい狼はナヅキたちにも襲い掛かる。
「きゃああっ!!」
「ひゃあっ!」
なんとか逃げ回るナヅキたちだけど、捕まるのは時間の問題だ。もちろん、オレも。
「すばしっこくて攻撃当てらんない……!」
逃げ回りながらナヅキがぼやく。狼はデカい図体の割に素早くて避けるのがやっとだった。
「一度分かれて逃げよう!」
ソカルの提案にオレたちは慌てて頷いて、それぞれ思い思いの方向へ逃げ出した。
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「はぁ……はぁ……。なんなんだよもう……」
体力には自信があるし持久走も得意だけど、あんなに全力で走ったのは生まれて初めてだ。
「みんな大丈夫かなぁ」
辺りを見回しても鬱蒼と生い茂る木々しかないわけで。ソカルたちがどこへどう逃げたのか、全く検討がつかない。
とりあえず森の出口に、と思っても、そういえば方角すらわからない。
「……もしかして、詰んだ?」
こんなところで終わるのかオレの人生。
などと思ったところでどうにもならないので、とりあえず歩き出す。
――ガサ……っ!
不意に草むらから物音が聞こえて、思わず身構える。
もしかしたらあのデカい狼かもしれない……と思ったが、出てきたのは狼ではなく羽の生えた馬……いわゆるペガサスみたいなやつだった。
ただしアニメや漫画に出てくるような神々しさはなくて、むしろ禍々しい雰囲気を纏っている。
――ダッ……!!
「うぉあ!?」
突然襲いかかってきたそいつを、オレは慌てて避ける。
一応剣を構えて見たものの、正直オレ一人では勝てるかどうかすら怪しい。逃げ切れれば良い方か……?
いつだって、オレは……――
しかし深い思考の海に入りかけたその時、目の前に黒い影が現れた……と思った瞬間、馬の嘶きのようなかん高い悲鳴が聞こえた。
「え……?」
よく見たらペガサスみたいな魔物は倒されていて、影……琥珀色の長い髪をポニーテールにして、赤を基調とした和服のようなものを着た少年? 少女? が日本刀らしき武器をしまっていた。
「だ……だれ……?」
助けてくれてありがとう、だとか、色々言わなきゃいけないはずだけど、オレの口から出たのはそんな言葉だけだった。
「……戦いも出来ない奴が、何故こんな所に一人で居る?」
それに反応したのか、振り向いた藍色の瞳は無感情で、低めの声で吐かれた言葉は事実とは言え酷い内容だった。
冷ややかな視線に、オレは思わず吃りながらも言い返してしまう。
「っう……うるさいなぁ!! オレだって好きでこんな森ん中いるんじゃないし!! だいたいもうちょっと言い方ってもんがあるだろ!?」
一気にまくし立てると、少年(なのだろう、声の低さ的に)は呆れたようにため息を吐いた。
「……静かにしろ。仲間と逸れたのなら探してやる」
いわゆるツンデレというやつなのだろうか、最初からそのつもりだったのだろうか。
気に食わないが情けないことに一人じゃどうしようも出来ないから、少年の言葉に甘えることにした。
「……オレ、ヒア。あんたは?」
「…………」
渋々自己紹介をしたのに、少年はそれを華麗にスルーしやがりました。
って何でだよ!?
その後さくさくと森を進んだオレたち。時折現れる魔物は少年が薙ぎ倒してくれる。
それにしても、彼はなぜこんなところにいるのだろうか。よくよく考えると怪しさ満点である。
……まあ、他に頼る相手もいないから仕方ないのだが。
「……お前、魔術師の癖に何故剣を持っている?」
何度目かの戦闘の後、少年にそう問われた。
「魔術師って……オレ、魔法なんか使えないし」
そういえば、つい数時間前にフィリから魔法を教わったような? あれからどうなったのか、よく覚えていないけど。
オレの答えに少年はしばらく黙ってから、またため息をついた。
「な、何だよ」
「逃げているのか」
深い藍色の瞳が、じっとオレを捉える。
「《彼》から接触した、と聞いたからどんな奴かと思っていたが……」
そこで区切って、少年はまた言葉を紡ぐ。
「確かにお前は《彼》に似ている。だが本質が全く異なる。
……自分の力から逃げるのか、お前は」
「……ッ!!」
逃げる、逃げている、のだろうか、オレは。
自分のチカラ。……脳裏を過ぎるのは、燃え盛る炎。
「……おれ、は、」
呟いた言葉に、感情に、何の意味があるのか。
いつだってオレは、守られてばかりで。……そう、『あの時』だって……ずっと。
――私が必ず、貴方をお守り致します。必ず……――
オレは、『だれ』なんだろう。
Past.09 Fin.
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