――話をしよう、ヒア――
(……話?)
ゆらゆらと揺らめく水中の世界。微笑みながら言った蒼の少年に、オレは首を傾げた。
――そう、話。きみの……過去の話だ――
(……過去……)
そう言われて、脳裏を過ぎったのはあの炎に包まれる城の夢だった。
……なぜだろう、あれは過去……なのか?
――きみを蝕むその夢は、きみの遠い過去の夢――
(過去の、ゆめ……?)
それはつまり、前世だとかそういうことなのだろうか。オレは少年を真っ直ぐ見つめる。
(あの夢を、知っているのか?)
問えば彼は、曖昧な笑顔を浮かべた。蒼い髪が水中の光に反射してきらきらと輝いている。
――きみは、あの夢を……過去を、知りたいの?――
(それは、まあ。……気になるしな)
頷くと、少年は複雑そうな顔で何かを考える素振りを見せた。その様子に首を傾げながら、彼の言葉を待つオレ。
――……その過去が、きみを壊すものだとしても?――
(……は?)
唐突なその発言に、オレはぽかんとする。どういう、ことだ?
――その過去は、キオクは、きみが本来思い出さなくてもいい遠い昔の出来事だよ――
ふわりと悲しげに笑みながら、彼は続ける。
――思い出せば、きっときみは壊れてしまう。……オレの、ように――
(お前……)
悲しげに遠くを見つめる少年に、オレは言葉を無くす。
壊れてしまって、それでこんなところに独りでいるのだろうか、目の前の彼は。
――オレもきみのパートナーも、そんなことは望んでいないよ――
(パートナー……ソカル? お前、ソカルのことも知ってんのか?)
突然出てきた名前に、思わず少年を凝視する。その視線に気づいた彼は、ただ再び曖昧に笑んだだけだった。
ふわふわとした笑みにため息を吐いてから、オレは話題を変えようと言葉を探す。
(……てか、お前さっき『逃げるな』とか言ってなかったか?)
――それとこれとは話が別――
先ほど魔物に襲われたとき、彼は確かにそう言ったはずだ。
そんな疑問に思ったことを口にすれば、すかさずピシャリと言い返された。
てか別ってなんだよ別って!
――夢に出てくる過去は思い出さなくてもいいけど……苦手なものは克服しなくちゃ――
(苦手なもの……なぁ……)
オレの苦手なもの、と言えばやっぱり炎なわけだが。思いっきり顔をしかめながら少年を見やる。
――そんな顔、しないでよ。別に今すぐ克服しろ、なんて言わないから――
(へ? そうなのか?)
無理やりにでも克服させられるんじゃないかと身構えていたから、少年の言葉に拍子抜けしてしまった。
――うん。だって、どっちにしてもきみは克服せざるを得なくなるし――
くすくす笑う少年を怪訝そうに見つめてみる。
(どういう、意味だよ)
――だってこれは、きみの過去と闘う旅だから――
にこりと綺麗に笑って、蒼の少年はオレの問いに答えた。
(過去と闘う旅……?)
――そう。……ああ、そろそろ時間だね。またね、ヒア――
首を傾げたオレに、少年が一方的に言い放つ。歪んで消えていく水の空間に、オレは思わず叫んだ。
(待てよ! お前の、名前……ッ!!)
言い切る前に、世界は白に包まれた。
+++
――数分ほど前。
「ヒア……」
様子がおかしくなったあと、倒れて目を覚まさなくなったヒア。
先ほどまでリブラが泣き出しそうな声でヒアの名前を呼んでいた。
きっと僕も酷い顔をしているのだろう、なんとも言えない空気が漂っていた。
「……やはり、か」
ぽつり、とその空気を破ったのは、琥珀色の剣士だった。
(確か黒翼、とか言う名前の、)
その声に彼の方向を見やる僕ら。彼は再び黙ってしまった。
「……あの……やはり、って?」
しかし気になって仕方ないのか、魔術師がおどおどと剣士に問いかけた。
「ヒア、だっけ? コイツにオレたちの『最終兵器』が憑依してるかもってな」
「調べさせて貰った」
その問いに、苦笑いの呪符使いが答え、剣士が淡々と続けた。
……というより、調べさせてもらった、って……。
「じゃあ、ヒアのことを追い詰めたのは、わざと……!?」
思わず睨みながら、僕は彼らに尋ねる。ああ、澄ましたような顔が腹立たしい!
「そうすれば《彼》が出てくる可能性が高かったからな」
地面に横たわるヒアを冷めた瞳で見つめる剣士に、僕は思わず殴りかかる。
「ソカル!?」
「黒翼!」
それまで沈痛な面持ちで黙っていた猫耳娘が驚いたような声を上げ、呪符使いが剣士の名を叫ぶ。
……僕の拳は、いとも簡単に剣士の冷たい掌に受け止められてしまったのだが。
「……ッ!!」
ギリ、と歯を食いしばりながら、僕は彼を睨む。対する彼は相も変わらず無表情だった。
「……お前もお前だ。本当に緋灯を壊したくないので有れば、契約などせず閉じ込めてしまえば良かったものを」
「……っお前なんかに……何がわかるッ!!」
剣士の言葉に、思わず声を荒げてしまう。
猫耳娘が困惑し魔術師やリブラが怯えているのが気配でわかるが、そんなことに構っていられる余裕なんてなかった。
「……お前は、何を隠している?」
全てを見通すような深い藍色の瞳が、僕を捉える。
……その言葉に、脳裏を過ぎったのは。
あの焼け付くような、紅い、紅い……――
(きみへ。過去は、あまりにも無慈悲にきみたちを傷つけるから。
……思い出さないで、どうか……)
Past.12 Fin.
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