痛いくらいの朝焼けの中、空色の髪を持つ彼は魔物に向かって剣を振り下ろした。
星を象った変わった剣……【スターゲイザー】。本来の持ち主ではないけれど、その片割れだからかそれなりに手に馴染むそれを、今度は血を払うように振り払う。
(きみに会うために選んだこの選択が、正しいかどうかなんてわからないけど)
それでも、と彼は思う……願う。
「きみのために、僕のために。……僕はここにいるよ、××……――」
呟いた言葉は、名前は、《彼》に届いたのだろうか……?
+++
――翌日。
すっかり晴れた空を見上げ、オレは深くため息をついた。
清々しい天気に心が躍る……わけはなく、雨のせいでぬかるんだ道を歩くのに精一杯だからだ。
深雪先輩は全身真っ白なので、整備されていないぐちゃぐちゃな道を歩くことができるのか……泥塗れになったら真っ先に目立ちそうだと心配したのも束の間のことで。
その真っ白な当人は事も無げにソレイユ先輩と一緒にすたすたと先を歩いている。
靴以外に汚れはついていない辺りからして、あの先輩もしかして人間じゃないのでは……などと下らない妄想をしていた。
そんな、時だった。
「ら、らららら、ららららら……」
不意に歌声が響き渡る。綺麗だがどこか不安になる旋律が、草原を包んだ。
「何、この歌……」
怪訝そうな顔で、ナヅキが周囲を見回している。
「あ、魔物……っ!?」
リブラが指差した先には、歌に釣られて集まったかのような魔物の群れがいた。
慌てて武器を構えるオレたちを横目に、同じように短剣を握り締めながら深雪先輩が呟く。
「……これは……“フィエラメント”……!?」
「フィエ……? なんスか、それ?」
聞き覚えのない言葉に首を傾げれば、先輩は真っ直ぐに魔物を見つめたまま答えてくれた。
「簡単に言ってしまえば、“魔物を集める歌”ですネ。……ちょうど、こんな風に」
その言葉に、オレたちは絶句する。
目の前の魔物たちは相も変わらずどこからともなく現れ、その数は……多分百体を越えるだろう。
「と、とりあえず倒さないと!」
ナヅキが慌てて駆け出そうとしたのを、ソレイユ先輩が引き止めた。
「いやいや、さすがにこれは数が多すぎるし、何よりキリがないだろ」
「じゃあ……どうしたら……?」
不安そうに先輩たちを見上げるフィリ。
そんな彼を見やってから、深雪先輩は何かを考える素振りを見せて……やがて、静かに呟いた。
「私が“フィエラメント”を妨害します」
「……えっ!? そんなこと出来るんスか!?」
驚いて先輩を見ると、先輩は白い髪を風に遊ばせながら楽しそうに……それでいてどこか悲しそうに笑ってみせた。
「……大丈夫ですヨ。……私は、“ウタガミ”ですから」
その言葉の意味を問う前に、深雪先輩が口を開いた。
静かな……だけど深い海のような旋律が、不穏な旋律……“フィエラメント”をかき消していく。
優しい歌声。まるで子守歌みたいなそれに、オレたちは思わず聞き入ってしまう。
「……見てください、魔物が……」
リブラの声に釣られてそちらへ向き直ると、魔物たちは各々の方向に去って行くところだった。
すると突然、ソレイユ先輩がおもむろに銃を前方へ向け、声を発した。
「さあ、そろそろ観念して出てきたらどうだ? ……【海神】」
「え……?」
その発言に呆然としていると、オレたちの周りに水の柱が勢いよく何本も現れた。
「……っ悔しい、悔しい悔しい悔しいっ!!」
「えっ!? な、なに……!?」
柱の中から恨めしそうな女の子の声が聞こえ、リブラとフィリが怯える。
「どうして、どうして“あの子”のチカラをあなたが使えるのぉ!?」
「どうして……? 愚問ですネ。……そのチカラを、託されたからですヨ」
彼女の問いに深雪先輩がそう答えると、その水の柱から声の主であろう女の子が姿を現した。
「……まあいいわ、“あの子”のチカラなんて……どうでもいいもの。
それよりはじめまして、ね。あたし、【海神】セシリアって言うの」
「ようやくお出ましか。オレたち“双騎士”を倒しに来たんだろ?」
ポニーテールの青い髪が印象的な女の子……【海神】セシリアは、ソレイユ先輩を見てにっこりと笑った。
「当たり前でしょ? でもね……その前に、さっきからそこに隠れてる人が気になるんだよねー」
そう言って【海神】が指差した先には何もなく。
先輩たち以外のオレたちは警戒したまま首を傾げる。
「隠れたって無駄だよ、あたしたち【神】は気配に敏感だからねー」
間延びしたその声に、草原を揺らす風が吹いた。
瞬間、空間がゆらりと揺らめき、風が勢いを増す。
「……思ったより登場が早かったですネ」
深雪先輩がにやりと笑う。やがて風が収まり、そこに立っていたのは……。
「……現れたわね、【神殺し】」
日差しに反射する金の髪と月を模した変わった形の剣を持った、オレと同年代くらいの少年だった。
「……【海神】……【創造神】の名の下に、貴様を屠る」
そう言うやいなや少年は駆け出して、【海神】セシリアに剣を振り下ろす。
彼女はそれを避けながら、少年をきつく睨んでいた。
「……神殺し……って……」
リブラが呆然と呟く。そうだ、さっきセシリアは少年のことをそう呼んでいた。
(【神】を倒すはずのオレたちの、存在意義は……?)
「どういう、ことなの……? あんたたち、あいつのこともなんか知ってるの!?」
同じく呆然としていたナヅキが、ハッとして先輩たちに問い詰める。
「深雪さん、さっき『思ったより登場が早かった』って言ってたです……」
フィリが呟くと、ナヅキとソカルが彼らを睨んだ。
「ええ、知っていました。ですが実際に会うのは初めてですヨ?」
「じゃあ、あたしたちが【神】を倒すっていうのは……!!」
ナヅキは今にも深雪先輩に掴み掛りそうだ。
視線を少年……【神殺し】に向けると、彼はセシリアの魔法をくぐり抜けながら彼女に近づこうとしていた。
「……とりあえず、先輩たちを責めるのも、考えるのも後だ。
オレとナヅキであいつのサポートに回る。
ソカルは中間、フィリは後方で支援してくれ。リブラはフィリの傍で待機を。
……先輩たちは、自由に動いてください」
口から自然と出たそれを伝えると、オレはそのまま剣を構えて走り出す。
きょとんとしていたナヅキたちも、我に返ると指示通り動いてくれた。
「【海神】! オレたちのこと、忘れてもらっちゃ困るんだがっ!」
「っ!!」
振りかざした剣は、水の障壁に隔たれてしまった。オレは【神殺し】とやらの隣に着地して、彼を見やった。
「言いたい事、聞きたい事……色々あるけど、まずは【海神】を倒してからだな」
そう言うと、彼は仕方ないと言うように頷いて、剣を構え直した。
「……なにこれ、多勢に無勢って酷くない?」
「……は?」
だが、唐突にセシリアがそう呟いて、オレたちは再びぽかんとする。
「仕方がないわ……分が悪いし、今日は退いてあげる。
でも……絶対、倒すからね!」
現れた時と同じような水の柱が、オレと【神殺し】の前に立ちはだかる。
セシリアの捨て台詞が響いて、その柱が消滅すると、彼女の姿も消えていた。
「……逃げられたか」
【神殺し】がため息を吐いて剣を仕舞う。
それを見て、オレたちも複雑な気持ちのまま戦闘態勢を解いた。
「……では、改めてはじめましてをしましょうか」
タイミングを見計らったような深雪先輩の声に、オレたちは【神殺し】と先輩たちを交互に見つめる。
「ようこそ、ローズラインへ。……【神殺し】ディアナさん」
――彼は切札。オレが、この世界へ呼んだんだ――
脳裏で《彼》の声が響く。
(オレたちは、一体……?)
どうして、オレたちは【召喚】されたのだろう……?
Past.25 Fin.