「オレは……マユカ。……【ユメツナギ】マユカだ。
よろしくな!」
彼がそう名乗ったあと、オレとソカルもそれぞれ自己紹介をし、そうしてまだ天使がいるから、と歩き出した。
その最中、青年……マユカさんが先ほど発した聞き慣れない単語に、オレは首を傾げる。
「あの……ユメツナギ……って?」
しかしオレと同じく流れに流されていた相棒はそうではないらしく、気を取り直したのか険しい表情で彼を睨んだ。
「ユメツナギ……【夢繋ぎ】か。なぜ君がそれを名乗る?
あれは神族【夢神】の名称のはずだけど」
「夢神……ああ、セリロスのこと知ってるのか。
うん、そう。オレは紆余曲折あって、彼女から力を受け継いだ存在。
お前たちのことは、夢を通じて夜から聞いてるよ」
ソカルの視線を物ともせず、彼はキツめの瞳を細めて穏やかに微笑んだ。
……というか、予想だにしない名前が聞こえたけれど!?
「え、お兄さん夜先輩の知り合いなんスか!?」
「ああ、そうだよ。ちょっと浅からぬ縁というか……」
驚いたオレに、マユカさんが苦く笑いながら肯定した……その時。
「マユカ」
噂をすればなんとやら。十字路の左方向から、夜先輩がこちらへ向かって覚束ない足取りながらも歩いてきていた。
背後には朝先輩と深雪先輩、ソレイユ先輩と……見慣れぬ黒髪の女性もいる。
彼らの姿を見たマユカさんは、一瞬驚いた表情をして……それから、困ったように微笑んだ。
「……夜か。久しぶり……かな?」
「そうだね。無事に合流できて良かった」
穏やかに笑う夜先輩の隣に並んで、朝先輩が微妙そうな顔で二人を交互に見やる。
「……誰?」
「うーんと……オレの知り合い。マユカっていうんだ。
事情があって、この世界に来てもらったんだよ」
不信げな兄にそう返してから、夜先輩はぐるりと辺りを見回した。
「……ソレイユ、残りの天使はどこかわかる?」
「そうだな……だいたい撃破されてるみたいだ。ここ、軍人とかも多かったみたいだし。
残りはこの先から、強いチカラ……上位天使のチカラを感じる」
夜先輩からそう尋ねられたソレイユ先輩は、視線を十字路の先へと向ける。
上位天使って? と首を傾げたオレに、【大天使】トリトアや【権天使】タリアのような【神】の直属の部下だと相棒が教えてくれた。
「わかった。じゃあ、気をつけながら行こう。
……桜爛、この先には何があるの?」
「この先かい? 灯台と広場があるだけだよ。高台の上だから眺めが良くて、ってそれはどうでもいいか」
今度は桜爛、と呼ばれた黒髪の女性が夜先輩からの質問に答える。それに「なるほどね」と頷いてから、彼は歩き出した。
夜先輩の青い髪が、潮風に吹かれてふわふわと揺らめく。
慌てて後を追いかけながら……オレはそこでふと気づいてしまった。それはある意味で気づかないようにと目を背けていたことでもあった。
……今の夜先輩からは、何の感情も伝わってこない。
なぜ自分に誰かの感情が伝わってくるのかはわからない。
けれど……昨夜は様々な感情が伝わってきた夜先輩のそれは、今は穏やかに見える彼の表情とは裏腹に、まさしく“無”であった。
今この場にいる全員の感情がわかるわけではなく、ただいつも横にいる相棒と、深雪先輩やソレイユ先輩の感情だけは伝わってきている。
きっと、ナヅキやフィリ、リブラの感情もわかるのだろう。
……でも。夜先輩は、ずっとオレのそばにいた。心の中に、精神の傍らに。
なのに、感情がわからない。それは正しいことなのに、なぜかとても不安になってしまう。
(……まるで、先輩が遠い人のような……本当に、人間じゃないかのような……――)
彼は自身のことを“人間ではない”と称した。オレはその意味をよく理解できていなかったのだろうか?
凪いだ夜先輩の心は冷たくて、静かで、とても……とても……――
「ヒア」
ふいに、柔らかな声音が届く。ハッと顔を上げると、前を歩いていた夜先輩がこちらを見ていた。
青。吸い込まれそうな深海の瞳が、オレを囚える。
「……ヒア。意識を、持っていかれないで。それ以上、同調してはだめ。
……大丈夫。大丈夫だから、ほら。深呼吸をして」
冷ややかな手が、オレの目を塞いだ。頭が働かない。言われたとおり、オレは息を深く吸ってから、思いっきり吐き出した。
途端にクリアになる思考。先輩の手が離れて、視界も元通りだ。
隣を見れば、心配そうな顔をしたソカルがいた。深雪先輩たちも同じような表情をしている。
「……えっと、オレ……」
「……ごめんね。長い間、ヒアの心の深いところにいたせいかな……。オレの心と同調しやすくなってるみたい。
制御できればいいんだけど……」
確か……夜先輩から何の感情も伝わってこないのが不安になってしまって。
……同調とは、制御とはどういうことだろう? 疑問に思って首を傾げると、彼は困ったような顔で微笑んだ。
「えっとね……これは、オレより説明が適切な適任者がいるんだけど。
たぶん、不安だろうし心配だろうから、時間もないし手短に説明するね」
そこで夜先輩は一旦言葉を切って、その色の白い手を胸の前で握りしめた。
「ヒアは……自分で気づいていると思うけど、他人の感情がわかるんだ。
今は、長い間一緒にいた人の感情とかが勝手に伝わっている状態だけど、ちゃんと制御できるようになるから安心してね」
「……制御、って?」
「うーん、それは……オレはよくわからないんだ、ごめんね。
だから、その能力の本来の持ち主であるルーに……【太陽神】に聞いてみるといいよ」
ルーと会う機会は作るから、それで許してくれる? と申し訳なさそうな夜先輩に、オレは首を縦に振る。
とりあえず疑問点はその【太陽神】とやらに聞くか、と無理やり納得しようとしたオレだったが、隣の相棒はそうではないらしく。
「……なんで、ヒアにそんな能力があるんだ。それもお前のせいか?」
止める間もなく、そんな言葉を夜先輩にぶつけていた。
「それは……ヒアが生まれ持った性質というか。オレが関わっても関わらなくても、ヒアはその能力に目覚めていたよ。
……最も、今も地球で暮らしていたら覚醒はしなかったチカラではあるけれど」
ヒアはクラアトとは別人だからね。
何の感情も見せないまま、先輩はさらりとそんな意趣返しじみた反撃を口にする。
案の定、ソカルはひゅっと息を吸い込むが……何事もなかったかのように「わかってるよ、そんなこと」と呟いた。
……結局のところ、オレのこの“他人の感情がわかる”能力は【太陽神】に関係していて、前世であるクラアトは恐らく持っていなくて……オレが“オレ”であるが故の能力である、ということがわかった。
自身がそんな人間離れした能力を持っていることに驚きや不安がないわけではないが……制御すればなんとかなる、という夜先輩の言葉を信じることにした。
……それに、そもそもオレ個人の問題に時間を割いている場合ではないし。
そんなことを口にすれば、深雪先輩からは「ヒアくんのそういうところ、嫌いじゃないですヨ」と笑われ、朝先輩からは「……現実逃避なだけでしょ」と呆れられてしまった。
相棒は相変わらず心配そうな表情をしているし、マユカさんと桜爛さんとやらも同じ顔をしている。ソレイユ先輩は苦笑いを浮かべていたが。
再び歩き出した夜先輩の背中を追いながら、それでも結局なぜ彼の感情が“無”いのかはわからなかった。
本人に尋ねることも考えたが……なんとなく、朝先輩の心労を増やすだけかもしれない、とみんながいる前で聞くのはやめておくことにした。
そうしてしばらく歩いていくと、港町らしく海が見えた。
目の前には灯台と、そこに続く長めの階段がある。
それを登れば、灯台の麓に広がる広場に着いた。
……そして。
「……やっぱり、お前か。……【力天使】ヴァーチェ!」
ソレイユ先輩の声に上空を見上げると、四枚の翼が生えた天使がいた。
海を見ていた彼は、ぐるりとこちらを向く。金色の髪から覗く紺碧の瞳が、オレたちをキツく睨んだ。
「……【堕天使】、それに“双騎士”か」
ゾッとするほどの激情を湛えた眼差しに後ずさりかける身体を叱咤して、オレは天使を睨み返す。
「お前がこの街を襲ってるのか! なんで……なんのために!!」
「なんのため? ……この期に及んで、随分と平和ボケをしているのだな、“双騎士”よ。
……決まっている。お前たち“双騎士”……そして、全人類を滅ぼすためだ!」
+++
「……リブラ・リズ・アルカ」
怪我人の治療を終え一息ついた時、リブラはふと傍らで警戒していたディアナから声をかけられた。
「……なんですか?」
じっと自身へと視線を向ける彼に、彼女は座ったまま首を傾げる。
「……辛くは、ないのか?」
「辛い……ですか?」
思いがけない言葉。それに立ち上がって、彼へ続きを促した。
「そうだ。君は……【創造神】アズールを主神とするアズライト教のシスターだろう。それに、他の神々にも興味を持っているようだったが……。
そんな君にとって、今の現状……神々と戦う僕たちに付いてくるのは、辛くはないか? 」
リブラの藤色の瞳を貫く、ディアナの青藍の瞳。
少女はそれに一度目を伏せてから、しっかりと見つめ返した。
「辛くない……とは言いません。おっしゃる通り、私はアズール様も他の神々も好きです。
でも、だからこそ分からない。なぜアズール様はヒアさんたちを召喚したのか、なぜ貴方まで……【神殺し】さんまでこちらに来たのか、なぜ神々はこの世界を狙うのか……」
「それは……」
「でも。分からないからこそ、私は信じるのです」
視線を反らしたディアナに、リブラはにっこりと微笑む。
信じる? そう聞き返した彼へこくりと頷き、そうして祈りを捧げるかのように、手を胸の前で組んだ。
「はい、信じるのです。アズール様を……いえ、何より、ヒアさんたちを。
アズール様が何を考えておられるのかは、私には分かりません。
ですがヒアさんたちは、きっとこの世界を……いいえ、そんなことはどうでもいいのです」
海から届く風に、少女の薄紫の髪が揺れる。
それを抑えながら、彼女は年相応に笑った。
「だって、私が信じたいのですから。“双騎士”ではない私を仲間だと認めてくれたヒアさんたちを、私も信じていたい……。
ただ、それだけです。だから私は大丈夫です!」
その笑みに毒素を抜かれたような表情をしたディアナだったが、やがて呆れたような、それでいてどこか安堵したような瞳を彼女へと向ける。
「……聞かないのか? なぜ神々がこの世界を狙うのか、とか」
「……知りたくないわけではありません。でも、きっとそれはヒアさんたちが一緒のときに聞いた方が良いかと思いまして」
彼女の答えにそうか、と微笑んで、ディアナは周囲に視線を巡らせた。
怪我人の治療はあらかた終わり、あとは軍人や一般の治癒術者に任せても大丈夫だろう。
そう判断し、リブラへと向き直る。
「………ここはもう大丈夫そうだ。……ヒアたちに合流するぞ」
「はい!」
+++
「――ッ!!」
斬りかかってきた【力天使】ヴァーチェの攻撃を受け止め、オレは後方へ跳んで距離を取った。
ソカルたちは、突如現れた下位天使たちの相手を余儀なくされいる。
「ヒア、大丈夫か!?」
……と、天使たちを振り切って、マユカさんが側に駆けつけてくれた。
「いてて……だ、大丈夫ッスよ……」
「あんまりそうは見えないけどな。無理はするなよ?」
それにこくりと頷いて、剣を構え直す。
しかし……下位天使たちも多い上にあの【力天使】も相当強そうだ。オレとマユカさんだけで【力天使】を倒せるのか……?
「……“双騎士”。アルティ様とアーディ様の言うとおり……やはり強くなっているか。
しかし……私の敵ではない!!」
彼がそう叫ぶやいなや、突如地面から木の根が現れ、オレとマユカさんを襲う。
ジャンプして交わそうとするも、あっという間に足を絡め取られてしまった。
「ッいっ……!!」
「地属性、か? くそ、厄介だな……!」
同じく避けきれず腕を捕らえられてしまったマユカさんがぼやく。
「……ヒア! 炎属性の魔法は使えるか!?」
「……っ!」
……確かに、木には炎が鉄則だけど。
マユカさんの問いかけに、オレは一瞬言葉に詰まってしまった。
だけど……でも。
(……逃げちゃだめだ。……逃げたく、ない……!!)
仲間たちは天使の相手で手一杯だ。
逃げないと決めた。過去の先へ行くと決めた。
だから……オレがやるしかない。オレが、やるしか、ない……!
「っ……――““炎よ……我が魂に宿りし灼熱よ! 彼の者に粛清を……っ!”」
(緋灯)
燃える炎。その先にある、両親の笑顔。
いたい。あつい。ああ、それでも、オレは。
『……全く。無茶をするね、君は』
ふと聞こえたのは、聞き慣れた自分の声。
両肩に人肌を感じて背後を見やると、そこにいたのはオレによく似た青年……オレの前世、クラアトだった。
目隠しをしていない紅い瞳が、優しげにオレを見つめている。
『けれど、まあ……嫌いではないよ』
私が力を貸す。だから、もうひと踏ん張りだ。
彼はそう言って、肩に置いた両手に力を込めた。
……いける。大丈夫。頑張れる。きっと……――
(オレは、ひとりじゃないから)
「“……『ラー・ホール・クイト』”!!」
握りしめた剣を振り上げ、詠唱を完成させる。
その瞬間、それから解き放たれた炎の魔法が、オレとマユカさんを捕えていた木の根を燃やし……驚いた顔の【力天使】ヴァーチェへと直撃した。
「……っは、あ……」
崩れ落ちないように剣を地面に突き刺し、何とか体勢を保つ。
傍らにあったクラアトの気配は、すでに消えていた。
「ヒア、大丈夫か? ……助かったよ、ありがとう」
心配そうなマユカさんに大丈夫だと頷き、オレは再度剣を構える。
……あれだけで【力天使】がやられるわけがない。
そんなオレに気づいたのか、マユカさんもまた緊張感を漂わせた。
「ヒア!」
……と、背後からソカルが駆けてきた。どうやら相手をしていた天使を倒してきたようだ。
「魔法使ってたけど大丈夫なの!? それに、その……クラアトの気配が……!」
「ソカル。心配してくれるのは嬉しいけど、あとでな。
……たぶん、【力天使】はまだ……」
過保護な相棒に苦笑いを返してから、オレは前方を睨む。
それと同時に、倒れていた【力天使】ヴァーチェが飛び上がった。
「……おのれ“双騎士”め……! だが、これならどうだ!!
――“『グラシディ・クイフォス』”!!」
掲げた彼の剣に魔力が集まり、木の葉を象っていく。
それは刃と化し、ヴァーチェの簡易詠唱と共にオレたちへと放たれた。
「……っ!」
咄嗟にソカルとマユカさんがオレを庇うように前に出て、それぞれの得物でそれらを弾いていく。
しかし無数の刃を捌くには、当然限度がある。
オレはかすり傷を作りながらも、もう一度炎属性の魔法を、と集中しようとした……その瞬間。
「――“閃光よ! 彼の者を焼き尽くせ! 『センテレオ・フィロー』”!!」
響き渡った詠唱と眩い光が、木の葉の刃を燃やしていった。
慌てて振り向くと、心配そうな顔のリブラと……険しい顔をしたディアナが、こちらへと駆けてきた。
「……ディアナ!?」
「っ……夏瀬 繭耶……!! ……っいや……お前については後だ。
まずは……あの上位天使を倒すぞ!」
リブラに傷を治してもらいながら、オレはマユカさんとディアナのやり取りに首を傾げる。どうやら知り合いらしいが……。
しかしディアナの言うとおり、まずは【力天使】ヴァーチェを倒すべきだ。
オレはリブラにお礼を言って、再度剣を構えた。
「【神殺し】か……!」
「多勢に無勢。どうする、【力天使】ヴァーチェ?」
憎々しげにディアナを睨むヴァーチェへと、両手に握りしめた剣を突きつけながら声をかけるオレ。
けれど彼はオレを一瞥しただけで、再び呪文を唱え始めた。
「……――“地に溢れる徒花よ,彼の者達に裁きを! 『フローラリア・ゼロ』” !!」
地面から生えた草花が、津波のようにオレたちに襲いかかる。
けれど、それらはソカルとディアナの魔法によって辛うじて防がれた。
「――“深淵よ,その昏き闇によって彼の者を殲滅せよ! 『アップグルント』”!」
「――“天空の意志よ,全てを薙ぎ払え!! 『ジュラメント』” !!」
「……っ!」
「……お前の部下の天使たちは夜たちが抑えている。
終わりだ、【森神】アルティの配下天使……【力天使】ヴァーチェ!」
ディアナの言葉に後退るヴァーチェ。
しかし、彼の瞳からは闘志が消えていない。
「まだだ……まだ、終わっていない。私は、私は……アルティ様のために……!!」
けれど。
「だめ……。作戦変更だから、ヴァーチェ」
そんな声と共に、突如として木の葉が集まり人の形へと変化する。
傍らにいたディアナが【神剣】をそれに向け、【力天使】ヴァーチェは怯えたような表情を浮かべた。
「……部下を助けに来たか、【森神】アルティ!」
ディアナがそう言ったのと同時に、木の葉が舞い散っていく。
そうして 魔物を従えた緑髪の少年……【森神】アルティが、顕現した。
「……【神殺し】……うるさい。お前たちはこいつらと遊んでて……」
【森神】はディアナをキツく睨みつけ、オレたちへと魔物を差し向ける。
「あ、アルティ様……作戦の変更とは……?」
「ごちゃごちゃ……うるさい。ここで話すほど……僕もバカじゃない。
お前も部下たちのように……なりたくないなら……黙って従って」
そのうちの1匹、巨大な猫のような魔物の攻撃を受け止めながら、そんな【森神】と【力天使】の会話が耳に入ってきた。
(作戦……? それに部下たちのようにって……!)
魔物を払い除けながらもその内容に気を取られていたオレだが、近くにいたディアナが魔物を切り捨て【森神】へと近づいたことで我に返る。
「……【森神】。きみたちは、何を企んでいる?」
「……っ【世界樹】……!!」
【森神】アルティの喉元には、いつの間にやってきたのか夜先輩が【魔剣】を突きつけていた。
同じようにディアナも剣を彼へ向けている。
だが、そんな絶体絶命の状況で、【森神】は……笑ってみせた。
「……バカじゃない? 教えるわけ……ない。
……【世界樹】蛹海 夜。神のチカラを受け取っただけの……神気取りの、ただのニンゲン。
お前なんかに……教えるわけ、ない」
言うやいなや、【森神】アルティは【力天使】と共に木の葉に包まれていく。
ディアナがそれを切り捨てるが……そこにはすでに彼らの姿はなかった。
「……はあ……」
「ヒア!」
とりあえず終わった、と思うと、体から一気に力が抜けそうになったが、ソカルが慌てて支えてくれる。
それに「ありがと」と礼を言ってから、再度自力で立ち上がった。
心配そうなソカルに大丈夫だと笑いかけてから、オレは周りを見回す。
天使も魔物も消えた広場で、リブラが他の仲間たちの傷を治してまわっていた。
「気になること、話すこと……なんか色々あるけど……。
とりあえず、どうすべきかな……」
「それなら、ナヅキとフィリを拾って船に乗ろう。
えっと……マユカも来てくれる?」
それぞれ無事を確認しているみんなを見つめながらこぼした独り言に、隣に来た夜先輩が返事をしてくれる。
微妙そうな顔のソカルを物ともせず、夜先輩は少し離れた場所にいたマユカさんにそう声をかけた。
「ああ、もちろん。他に行く宛もないしな」
頷いたマユカさんと、深雪先輩たちもオレたちの周りへと集まってくる。
「それじゃあ港まで行こうか。っつっても……こんなゴタゴタがあった後だし、船とか出てんのかな?」
「それなら大丈夫さ、ソレイユ! アタシが船乗りなの、忘れたのかい?」
首を傾げたソレイユ先輩に、黒髪の女性……桜爛さんが得意げな笑みを見せた。
……船乗り。船乗りだったんだ、このお姉さん……。
そういやそうだったな、と笑い返すソレイユ先輩と、釣られて笑顔を浮かべている夜先輩と深雪先輩。
すっかりいつもどおりの雰囲気に戻っている先輩たちに、オレも脱力する。
……けれど、ふと朝先輩を見やると、彼はじっと夜先輩を見つめていた。
伝わる感情。疑心、不安、焦燥感……。
――“……【世界樹】蛹海 夜。神のチカラを受け取っただけの……神気取りの、ただのニンゲン”――
不意に思い出した、先ほどの【森神】の言葉。
閉ざされた夜先輩の感情はわからない。だけど……朝先輩は、間違いなく弟のことに気づいている。
(……大丈夫かな、このふたり……)
思わず彼らの心配してしまうオレだったが、そばにいた相棒の視線には気づけなくて。
その感情が、朝先輩のものだけだと……オレは勘違いをしていた。
Past.44 Fin.
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