走り出したヒアの背中と、不安げに……けれど覚悟を決めた表情で武器を握りしめているソカルの後ろ姿。
そんな後輩ふたりを見て、オレはぎゅっと【魔剣】スターゲイザーを構える。
(……ほんと、強くなったよね、ふたりとも)
襲いかかってきた上位天使たちを受け流し、オレは近くで魔法を撃っていた兄へと手を伸ばした。
「――お兄ちゃん」
(……だから、オレも)
呼ぶ声に気づいた兄は、仕方ないなあ、と言いたげに笑ってオレの手を掴む。
溢れ出す光。重なる鼓動と感情。ひとつになる、 双りの想い。
(……オレも、前に進めるかな?)
みんなに迷惑をかけてばかりのオレを、きっと不安や疑心を抱いているであろう兄はそれでも受け止めてくれる。
“同化”は、オレたちふたりの気持ちが同じでないと発現できないモノだから。
「……ありがとう、お兄ちゃん」
「……終わったら、詳しい話聞くからね」
心の中で、そう言葉を交わす。
次に目を開けたとき、オレはオレではなく兄でもない、別の存在へと変化していた。
両手に現れた剣を握り、詠唱を始める。
『――“誓いし蒼空よ,我が魂に力を! 《シュヴェーレン》”!!』
その光と闇を混ぜた魔法は、眼前にいた【智天使】ヘルヴィへと解き放たれた。
けれどそれを難なくかわして、ヘルヴィは弓を構える。
「っ【世界樹】……ッ」
『……君の相手はオレたちだ。……倒させてもらうよ』
剣と矢がぶつかり響く音色。ヘルヴィが撃った魔力の込められた矢を弾き、《オレ》は彼と距離を取った。
『――“残響せよ,其は光影織り成す世界の鎖! 《フォスキア・アリシア》”!!』
素早く詠唱を紡ぎ、太陽と星を象った双剣を振りかざす。
光と影の鎖は逃げようとした天使の弓に絡みつき、彼の動きを封じた。
「くっ……! こんなもの!」
『!』
しかし、逆に弓から魔力を送られ、光影の鎖は解けてしまう。
そのまま彼は魔法矢を放ち、《オレ》から更に距離を取った。
……だが、そんなものは想定内だ。
彼が撃った矢を躱し、白と黒の両翼を羽撃かせてヘルヴィへと急接近する。
こちらを睨みつける彼もまた、《オレ》の行動を読んでいたのだろう。
それでも構わず、《オレ》は詠唱が完了していた魔法を発動させた。
『――“……幻想の煌き,闇を纏いて解き放て! 《ライトナイト》”!!』
兄の属性である光とオレの属性である闇をまとった双剣で薙ぎ払い、至近距離で攻撃を受けたヘルヴィとの間で爆発を起こす。
(……ヘルヴィは……?)
じっと爆風の先を見据えて、心の中で兄が呟いた。
(たぶん、まだ……。……お兄ちゃん、気をつけて)
ぎゅっと剣を握りしめて、オレたちは感覚を尖らせる。
……爆発は、ヘルヴィの意図でもあったのだろう。濛々と立ち込める煙の中で、揺らめく魔力を感知するが……――
(魔力の収束……詠唱か!)
「――“汝,天墜つる光の雨! 世界を彩れ! 『レーゲンリヒト』”!!」
兄の声と同時に、天使の魔法が放たれた。
ソレイユのそれと同じ性質の呪文で生み出された幾重もの光の矢が、《オレ》を目がけて飛んでくる。すぐさまオレは主導権を握り、簡易魔法を唱えた。
『――“《ダークエンド》”!!』
矢は《オレ》に辿り着く前に“破壊”されていく。その様子を見て、兄が複雑そうに眉を顰めたのを感じるが、そんな不協和音の感情はすぐに霧散していった。
感じる。伝わる。オレの心が、兄の心が。
オレの意思で、お兄ちゃんの意志で、《オレ》は再度剣を振り上げた――
+++
――夜先輩と朝先輩が【智天使】ヘルヴィなる天使と対峙していた、その頃。
オレたち現“双騎士”組は、【神】と正対していた。
【力天使】ヴァーチェはディアナとマユカさん、【主天使】アスクとやらは深雪先輩とソレイユ先輩が相手を引き受けてくれたようだ。
「……【世界樹】や先代“双騎士”がいないのならば好都合。
ここで消させていただきますよ、当代“双騎士”諸君」
「……堪忍なあ。でも、もう……後戻りなんか、できんから」
各々武器を構え、言葉を紡ぐ【識神】ミネルと【愛神】アーディ。
走るスピードはそのままに剣を振り下ろしたオレを、ミネルが同じく剣で受け止めた。
「っナヅキ!」
「わかってる! ――『光刃旋響撃』!!」
その隙を狙って、ナヅキが魔力を込めた刃のように鋭い脚撃を放つ。
軽やかにそれを避けたアーディだが、そこに魔術師たちの魔法が襲いかかった。
「――“終わりなき宵闇,那由多の果てへ……墜落せよ! 『テネブリス』”! 」
「――“我が刃となりし烈風,あらゆる事象を切り裂け! 『アネモス』”!」
ソカルとフィリの魔力が、言霊に従ってそれぞれのカタチを取り神々へと牙を剥く。
ミネルには避けられたが、それらはアーディへと突き刺さった。
「――ッ!!」
「まだだっ! はああああっ!!」
自身を貫いた魔力の塊に息を詰めるアーディ。オレは気合いを込めた掛け声と共に飛び上がって、彼女へと剣を振るう……が。
「させませんよ」
ガキン、と鈍い金属音が響き、オレの剣は受け止められてしまった。
「……ッ!」
弾き返された勢いを利用して体勢を立て直し、オレは弾いた人物……【識神】ミネルを睨んだ。
「やれやれ、なかなかの連携ですね。お見事です」
無表情で贈られた【神】からの称賛に、ナヅキがムッとする。
それを横目に、オレは微笑んでみせた。
「チカラで叶わないなら、チームワークでなんとかするだけだ。
オレたちにはディアナのような【神殺し】のチカラも、夜先輩たちみたいな【世界樹】のチカラもないからな」
唯一あるとすれば、ソカルの【死神】のチカラだが、それは言わば切り札だ。
だからこそ、オレたちはオレたちなりの戦い方でやるしかない。
「伊達に長いことこのメンツで戦ってないからな」
感じるのは、強い信頼。それぞれがみんなのことを想う、強い……絆のチカラ。
それに呼応するように、体の底から力が湧いてくる。連戦続きだが、それでもまだ戦える。
(だって、オレたちはひとりじゃないから)
再び詠唱を始めたソカルとフィリの時間を稼ぐため、少しでも神々の体力を減らすため、オレは剣を携えてまた跳躍したのだった。
+++
ヒアたちから少し離れた場所。
そこでは、深雪とソレイユ、ディアナとマユカが【主天使】アスク、【力天使】ヴァーチェ両天使と戦闘を行っていた。
「――“汝,天を穿つ光の雨! 降り注げ,『レーゲンリヒト』”!」
ソレイユが放った銃弾の雨が、アスクへと襲いかかる。
それを軽やかに避けた【主天使】だが、詠唱の隙を与えずマユカが斬りかかった。
「――『夢幻影斬』っ!!」
「……くっ……!!」
幻影と共に放たれた斬撃を、アスクは受け止めきれず食らってしまう。
「っアスク!!」
「させるか!
――“其は静寂なる世界を構築する光,輝きを放つ咆哮を上げよ!! 『ハウリングリヒト』”!!」
ヴァーチェが彼の名を呼ぶも、深雪の援護を受けたディアナの攻撃が彼の移動を阻んだ。
「っ【神殺し】め……っ!」
忌々しげにディアナを睨むヴァーチェ。しかし、次の瞬間には不敵に笑ってみせた。
「……いいのか? 我々に構っていて。
今ごろ新米の“双騎士”諸君はミネル様とアーディ様にやられているのでは?」
「さあ、どうだろうな」
だが、その【力天使】の発言に異を唱えたのは、ソレイユだった。
魔法銃を構えたまま、【堕天使】もまた微笑んでいる。
「あいつら、強くなったからな。いつまでも新米扱いしてたらやられちまうぞ?」
「それに……私たちはヒアくんたちを信じています。
彼らなら、きっと大丈夫ですヨ」
相方に釣られて、深雪もそう声を上げた。ヒアたちへの強い信頼を見せるそんな二人に、ディアナとマユカも首肯する。
「何より……あいつらには【死神】であるソカルがいる。
【神】を倒すことくらい、僕らがいなくてもできるだろう」
ディアナの言葉に、二体の天使は不愉快そうに顔を顰め、詠唱を再開した。
「“双騎士”……【堕天使】、【神殺し】、【異端者】……!! 忌々しい、【神】への反逆者どもめ!
――“天満る神々の光よ,愚者に粛清を齎し給え! 『ルクスリオン=メテオリーテ』”!!」
「ソレイユ・ソルア……【堕天使】の分際で偉そうに!
――“幽玄なる天の威光よ,蒼穹を駆け抜けろ!! 『スカイレイ』”!!」
放たれた光属性の魔法は、ソレイユを中心に四人全員へと降り注ぐ。
「っソレイユ!」
「深雪……!」
深雪が守るように彼の前へ躍り出るが、逆に彼に抱きとめられ庇われてしまった。
「深雪! ソレイユ!!」
「……っ! ――“光よ,我らを護りし盾となれ! 『シーセル』”!!」
咄嗟にディアナが唱えた防御魔法が彼らを包むも、上位天使たちの攻撃はそれをも貫いた。
「――くッ……!!」
「ディアナさん、皆さん!!」
天使たちの攻撃を食らい倒れるディアナたちに、物陰に隠れていたリブラが声を上げる。
彼女は慌てて彼らに駆け寄り、回復魔法を唱え始めた。
「っリブラ……逃げろ……!」
「嫌です……! 私、私は……ッ!!」
ディアナが彼女を逃がそうとするも、リブラは首を横に振って詠唱を続ける。
だが、そんな彼らを天使たちが見逃すはずもなく……――
「目障りだ、なんの力もない人間如きが」
「……っ!!」
目の前に現れたヴァーチェに身を硬くするリブラ。
けれど彼女は、気丈に笑みを浮かべた。
「確かに私は……なんの力もない、ただの人間です。
でも……それでも、ヒアさんたちが仲間だと認めてくれたから。私の存在を受け入れてくれたから……私なりの戦いをするだけです!」
展開する魔法陣。外敵を拒み、仲間を包み込む光は、彼女の祈りそのものだった。
「だから……後のことはお願いしますね、ディアナさん!
――“其は世界を包みし聖なる光。愛しき彼らに救いの祈りを。そして……朝焼けに眠りし魂に,慈悲を……。
リブラ・リズ・アルカの名の下に! 『クーストス・サンクティア・ルーケム』”!!」
的確に、真名を用いて粛々と唱え上げられたそれは、光属性の最上級魔法。
癒やしの光が、戦場にきらきらと舞い降りていく。
――けれど。
「――“天堕つる残光よ,解き放て!! 『ブレイクルイン』”!!」
「っリブラ!!」
最上級魔法を放ったことで動けなくなったリブラを、アスクの魔法が襲う。
ディアナが彼女を守るために駆け出すが……天使の攻撃が、彼女を貫く方が早かった。
「――……ッ!!」
息を呑むリブラ。その身を、赤い赤い液体が染め上げて……――
「リブラ――――ッ!!」
ディアナの絶叫が、戦場に響き渡った。
「っ深雪!」
「はい!」
倒れた少女に動けずにいたディアナとマユカを守るため、行動したのは“双騎士”の二人だった。
お互いの感情に呼応して力が増す契約が、彼らの悲憤を受けて反応する。
「――“眠るセカイに暁を”」
「――“堕ち行く魂に救いの聲を”!」
「「『ヴォアドゥローブ』!!」」
深雪の魔法が上乗せされたソレイユの銃弾が、虹色に煌めきながら【主天使】アスクへと着弾した。
彼らは更に続けて詠唱を始める。
「――“天を裂くは我が旋律,終末を齎す鎮魂歌! 『カタストロフィー・レクイエム』”!!」
「――“天を裂くは我が弾雨,終焉を齎す流星群! 『カタストロフィー・ミーティア』”!!」
類似した呪文で発動した音と光の魔法が、天使たちへと降り注いだ。
軽くダメージを負いながらもそれらを躱したヴァーチェだが、アスクは先ほどの負傷もあり被弾してしまう。
「っ!!」
「アスク! ……だが、後衛二人など取るに足りぬ!」
アスクを気にかけつつも、剣を構えて深雪たちに迫るヴァーチェ。
……しかし。
「後衛、だなんて、誰が言いました?」
ガキン、と高い音を鳴らし、その凶刃を受け止めたのは……にこりと笑んだ深雪だった。
アルビノの歌唄いは、手に持った短剣で天使の剣を弾き返す。
「最近はヒアくんたちに前衛を任せっきりでしたからネ。
何より……こんな好戦的な自分、後輩たちには見せられませんし?」
その穏やかな口元とは裏腹に、真っ赤な瞳は獰猛な光を宿していて……――
「怪我を負ってまで私たちを助けてくれたリブラさんのため……行きますよ、ソレイユ!」
「ああ!」
銃を構えて頷いた相棒を確認して、深雪はアスクへと駆け出した。
当然彼を庇うため、ヴァーチェが歌唄いを妨害しようとするが、それを弾丸が遮る。
「っ! 【堕天使】……!!」
「行かせるかよ、【力天使】ヴァーチェ」
そんな彼らを見て、マントを裂いてリブラの応急手当をしていたマユカが立ち上がった。
「……ディアナ、リブラのこと、頼むな」
そう言ってディアナにリブラを任せ、彼は手早く呪文を唱える。
「――“幻影に飲まれし深緑……我が声に答えよ! 『シュナイデンフロル』”!!」
途端にマユカの白銀の剣から放たれる、花弁の剣。 それはヴァーチェへと襲いかかった。
「っ【異端者】……! それは、そのチカラは……アルティ様の……ッ!!」
花弁に斬り裂かれた腕を押さえ、ヴァーチェはキッとマユカを睨む。
そのチカラは、先ほどアルティと交戦した際に最上級魔法によって吸収した【森神】の能力だった。
無属性の【異端者】であるがゆえの、特異性。
しかし当のマユカは黙したまま、剣を携えて走り出す。
「『鏡夢破斬』!!」
振るった刃と共に出現する鏡の破片。
辛うじて避けたヴァーチェだったが、マユカは破片から破片へと飛び移り彼の頭上に跳躍した。
「っ!」
「終わりだ、【力天使】ヴァーチェ!
――“鏡よ,幻を映し彼の者を貫け! 『レーヴミロワール』”!!」
至近距離で放たれたマユカの幻属性の魔法剣が、鏡の破片と共にヴァーチェを貫く。
「ぐっ……!!」
「今だ、ディアナ!!」
膝をついた【力天使】にマユカが声を上げると、戦場に詠唱が響き渡った。
それは、マユカが駆け出してから呪文を唱えていたディアナのもの。
「――“……導かれし終焉の果てに……天堕つる光の声よ,爆ぜよ! 『ライジングレイ=ロスト』”!!」
「ぐ、あ……アアアア……ッ! アル……ティ、さ、ま……!!」
【神殺し】が放った光の魔法は、【力天使】ヴァーチェにとどめを刺した。
きらきらと溢れる光と共に消えゆくヴァーチェ。
亡き主の名を呟きながら何もない虚空に手を伸ばし……やがて、【力天使】は空へと還っていった。
「ヴァーチェ!?」
深雪の剣撃を受け止めながら、アスクが同胞を呼ぶ。
けれどその隙を見逃さず、深雪は【主天使】を弾き飛ばした。
「感情があるようで結構。下位天使たちは感情制御を施されているようで、正直やりづらいんですよネェ。
ほら、我々“感情”をチカラに変えて戦うモノですから」
「っ戯言を……!」
いっそ穏やかすぎるくらいに笑む深雪を、アスクは睨みつける。
「そうやって感情を見せてくれたほうが……“生き物”を相手していると分かって、倒し甲斐があります……ね!」
「小癪な……!」
言いながら走り出した歌唄いは、そのままアスクの懐まで詰め寄り、短剣を振りかざした。
だがアスクはそれを自身の剣で受け止め、今度は深雪を跳ね返す。
軽やかに着地を決めた深雪の背後で、ソレイユが銃を放った。
「……まあ、深雪の言い分はともかく。お前も倒させてもらうぞ、元【歌神】配下の【主天使】アスク!」
「……“同胞殺し”の【堕天使】が……!」
忌々しげに彼の異名を呼ぶアスクに、再度深雪が距離を詰める。
「よそ見、なんてずいぶんと余裕ですね?」
振りかざした短剣は、【主天使】の胸部を貫いて……――
「っぐ……う……!!」
「痛いですか? 痛いですよね? なあんだ、天使さまもちゃんと痛覚があるんですね!
でも全然ですよ、あなた方が襲ったこの街の方々は……きっともっと痛くて怖かったんですから」
すべてを赦すような笑みで、深雪は【主天使】アスクを責める。
度重なる攻撃と、深雪の一突きで膝をついたアスクに、歌唄いはとどめを、と更に短剣を振り上げるが。
「――“光輝集いし夜天の燈火,流星となりて貫け……『メテオール・リュミエ』”!!」
背後から聞こえた詠唱に、さっと身を避ける。
すると、深傷を負い動けずにいた【主天使】の身体を、その銃弾が貫通した。
「あ、あああああ……ッ!!」
「……ソレイユ」
断末魔を上げる【主天使】の傍で、深雪はくるりと振り返り弾丸を放った人物……ソレイユを見やる。
彼は銃を構えたまま、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「……ごめんな、深雪。けど……【主天使】アスクだけは、どうしても……」
「……いいえ、大丈夫です。私こそ、少し熱くなりすぎました」
久々に短剣を握るとだめですネ、と笑う歌唄いは、すっかり“いつもどおり”で。
それに安堵のため息を吐きながら、ソレイユは消えかかっているアスクへと近づいた。
「……【主天使】アスク」
「……【堕天使】ソレイユ……。【歌神候補】の死は……そんなに受け入れがたいものだったのか……?
次代の【熾天使】への道を捨ててまで……お前は……」
震える手をソレイユへと伸ばすアスク。けれど、【堕天使】はゆるゆると首を横に振った。
「……そうだな。なんの罪もないあの子を殺したお前たち天使と【神】に失望していた。
……けど、それ以上に今は……この世界を害するお前たちが許せない」
だからお前たちと敵対するのだ、と語るソレイユに、アスクは納得したかのように微笑んだ。
「……そう、か……。我々が天界を想い憂うように……お前も……。
……ソレイユ。ゼウス様を……どうか……」
きらきらと光を放ちながら、アスクは空へと溶けていく。
そうして二人の上位天使が消え去った戦場に、ソレイユたちのため息が響く。
「はー……なんとか倒せたな……」
脱力してそう言ったのはマユカだった。彼の傍に近づいて、深雪は問いかける。
「リブラさんは……」
「僕が治癒魔法をかけた。簡易的なものだが……ないよりはマシだろう」
先ほどケガを負い意識を失ったリブラは、ディアナの手によりある程度治療され、彼に背負われていた。
「息も正常だ。きちんと治療を受けさせるべきだが……とりあえずは大丈夫だと思う」
「わかりました。ありがとうございます、ディアナさん」
頭を下げた深雪に、ディアナは「礼を言われるようなことではない」とそっぽを向く。
そんな二人を見て、マユカがなんとも言えない顔で声を上げた。
「……深雪って、結構過激だったんだな……」
「うふふ。ヒアくんたちにはナイショでお願いしますネ?」
恥ずかしいので、と照れたように笑う深雪に、ソレイユが苦笑いを浮かべている。
どこか和やかな三人に、呆れたような声音でディアナが話しかけた。
「……とりあえず、ヒアたちに合流するぞ」
その提案に三人が辺りを見回せば、いつの間にかヒアたちからずいぶんと離れた場所に来ていたことに気づく。
彼らはそれに頷いて、仲間の元へと駆け出したのだった。
+++
――少し前。
きらきらと降り注ぐ光に触れると、傷が癒やされていく。
それがリブラの放った最上級魔法だと気づいたのは、離れた場所で戦っていたディアナが上げた悲鳴にも似た呼び声が届いたからだった。
「リブラ――――ッ!!」
「っ!?」
彼の叫びに、神々と交戦していたオレたちは一瞬気を取られてしまう。
その隙を見逃さず、【識神】ミネルが剣を振るった。
「く……ッ!!」
オレは間一髪でミネルの攻撃を受け流したが、すぐさま【愛神】アーディの魔法が発動する。
「――“愛なき者へ祝福を! 『アモルランケア』”!!」
「――“詠唱破棄! 生命の灯火,墜落せよ! 『テネブリス=アニマ』”!!」
すると、光で織られた無数の槍がオレたちの頭上から降り注いだ。
即座にソカルが広範囲魔法でそれらを迎撃してくれる。
けれど、簡易詠唱で唱えられたそれでは全てを壊すことはできず、漏れた槍がオレの腕を掠めてしまった。
「いっ……!」
「ヒア! ごめん……っ!!」
焦ったようなソカルに、大丈夫だと告げてオレは剣を構え直す。
(せめて……どっちか一体を倒せれば……!)
リブラたちのことも気になるが、まずは目の前の彼らを何とかしなければ。
みんなの焦燥感が、不安感が、オレに伝わってくる。……苦しい。
だけど、とオレは己を奮い立てる。だけど、だからこそ。
「……――“深火灯し悠遠,辿り着け……『マクリア・フォティア』”!!」
苦しい感情を振り払うように、オレは呪文を唱えた。
脳裏に自然と浮かんだその言霊は、オレの全身から真っ赤な炎を生み出し……二体の【神】へと牙を向く。
「っ!」
炎の渦は避けようとしたミネルとアーディを飲み込んだ。
「……知らない、詠唱……」
相棒の呟きが聞こえる。どういう意味かはわからないが……オレは【神】たちから目を離さずにいた。
やがて炎が消え……現れた神々は、ほとんど無傷だった。
「……強い……」
隣に並んだナヅキが、ぽつりと不安を零した。
おそらく彼女が一番、リブラの身を案じ気が気でないのだろう。
段々と強くなるナヅキから伝わる不安感。 彼女の相棒であるフィリもまた、顔面蒼白だった。
(みんな……もう、体力も魔力も底をついてるのかもしれない。どうする? どうすれば……――)
仲間たちの感情に流されないよう、必死に頭を働かせる。
……その時、だった。
「――“堕ちた光よ,天の意思を放て!! 『ゾルド・アレイ』”!!」
聞こえた詠唱と銃音に、オレたちはハッと振り向いた。
そこにはこちらへと駆けてくる深雪先輩とソレイユ先輩、マユカさん……そして、ディアナと彼に背負われているリブラがいた。
「先輩! ディアナ、マユカさんも……!」
「リブラ!」
彼らに声をかけるオレを遮って、ナヅキがリブラの元へ走っていく。
しかし自身を呼ぶ彼女に反応しない様子を見る限り、リブラは意識を失っているのだろう。
「リブラさんですが、回復特化型の最上級魔法を唱えたあと天使にやられてしまいまして……。
ディアナさんが応急処置をしてくだったので、大丈夫だとは思いますが……」
オレたちのそばに着いた深雪先輩が、手短にリブラの容態を教えてくれた。
それにお礼を言い、オレは【神】に視線を戻す。
「……ヴァーチェくんもアスクくんも……そう……やられてもたんやね……」
「……所詮は天使、ですか。やはり彼らにも感情制御を施しておくべきでしたね」
憂いを帯びた瞳を伏せる【愛神】とは対象的に、【識神】は無表情のまま淡々と語っていた。
アーディは、そんなミネルの発言に眉をひそめる。
「……なんで? なんでそんなこと言うん?
ヴァーチェくんもアスクくんも……みんな、天界のことを想っとっただけやのに……!」
辛そうに感情を吐露するアーディ。……卑怯だが、これはチャンスかもしれない。
「ソカル、ディアナ。最上級魔法を頼む。ナヅキとフィリはリブラの傍にいてくれ。
マユカさんは前衛を、深雪先輩とソレイユ先輩はサポートをお願いします」
近くにいた仲間たちにそう指示すると、彼らは各々頷いて動き出してくれた。
駆け出したマユカさんを見送って、先輩たちの詠唱が響く中……辛そうな顔をしたソカルが、オレの手を取った。
「……ヒア」
「大丈夫だ、ソカル。どんな過去でもオレは……受け止めてみせるよ」
不安げな相棒に笑ってみせると、彼は「うん」と首を縦に降る。
「信じてる。ヒアは大丈夫だって。
正直怖い、けど……僕は、他の誰でもない“夕良 緋灯”の相棒でいたいから」
伝わってくる不安や焦燥感といった感情を飲み込んで、相棒は微笑んでくれた。
……それだけでよかった。その言葉だけで、その微笑だけで十分だった。
(立ち上がれる。前を向ける。ひとりじゃないから……――)
「……いくよ。
――“我がチカラと共に封じし彼の者のキオクよ,其の意志に,遺志に,呼応し再生せよ……『レゲネラツィオーン』”!!」
それは、最後の記憶の鍵。遠い過去に消えた、砂と炎の記憶。
「……ごめんね、ヒア」
薄れゆく意識の中で、相棒の声が聞こえる。
どうして謝るんだろう。望んだのは、オレなのに。
+++
……目を開けると、燃え盛る城内が見えた。いつもの目隠しは外しているようだ。
誰かに手を引かれている。赤く照らされた灰色の髪……ソカルだ。
「クラアト、大丈夫!?」
首だけをこちらに向け、彼は『オレ』に問いかけた。
大丈夫だよ、と微笑む『オレ』……クラアト。
「……こんなことに巻き込んでしまって、すまない、ソカル」
申し訳無さそうに目を伏せたクラアトに、ソカルはぶんぶんと首を振った。
「クラアトが謝ることじゃない。……君のそばにいることを望んだのは、僕だから」
先ほどの自分と似たようなことを言う彼に、オレは内心で笑みを浮かべてしまう。
けれどクラアトは苦々しく顔を歪めて、「どうして」と呟いた。
「……とにかく、早く脱出しよう」
ソカルはそう言って、クラアトの手を握ったまま再び走り出す。
……どうして。こんなことになってもまだ、自分の傍にいてくれるのか。
オレにはクラアトの思いも、ソカルの決意も痛いほどにわかってしまった。
(選んだのは自分だ。だけど、辛い思いをさせてしまった後悔も……わかるから)
……燃える、燃える。焼け落ちる城、遠くから響く剣戟の音、誰かの悲鳴、身を包む熱。
手を繋ぐ君の体温が冷たくて。息苦しいのはきっと、煙のせいだけではないのだろう。
だって、『オレ』は、ずっと。
『いつもどおりの平穏を、願っていただけだったのに……――』
Past.50 Fin.
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