どこまでも続く青い空。流れる白い雲。
平和そのものな光景に、オレはそっと息を吐いた。
――王都を発ったオレたちは、カイゼルさんに呼び出されたという桜爛さんが手配してくれた高速船(魔法灯の理論を流用しているらしい、オレは詳しくないので説明されてもさっぱりだった)に乗り、大陸へと戻ってきた。
港の中でも桜華に程近い船着き場に降ろしてもらい、その後すぐにカントスアを発って桜華を目指し歩いているわけだが。
「……平和すぎて、逆に怖い……」
道中魔物と戦闘をしたり立ち寄った小さな村で一晩を過ごしたが、天使や【神】に襲われた、ということは全くない。
すれ違った商隊の人たちに軽く挨拶をする深雪先輩の背を見ながら、オレはそう独り言ちた。
「まあ、無駄に怪我したり体力を消耗したりっていうのがないからいいでしょ」
「夜と朝の【世界樹】のチカラが上手く作動しているようだ。有り難く進ませてもらおう」
とは、オレの両隣で歩くソカルとディアナの談であるが。
【神殿】で夜先輩が話していた、こちらの動きを感知できなくする、という能力。
今まで神々は……オレたちをピンポイントで狙うこともあったが、直接街を襲撃したりもしていた。
なので、今回はオレたちの動きを知られると、目的地である桜華が先回りで壊滅させられる可能性もある……ということから、結界のような魔法を展開しているのだとか。
事前に受けた説明を脳内で再生しながら、オレはゆっくりと流れる雲を再度見上げた。
土草を踏む音。遠くで流れる川のせせらぎ。ほんの少し冷たさを感じる風の温度。
長閑なそれを切り裂いたのは、こちらを狙う魔物の気配だった。
「っ!!」
仲間たちがそれぞれ武器を構え、オレも手に力を込めて【炎剣】トワイライトを出現させる。
赤く燃える炎と共に現れたそれを手に、オレは駆け出した。
「はあああ!!」
「いやあ、ヒアくん張り切ってますネー。
嫌いじゃないですヨ、そういうの」
背後からそう笑う深雪先輩の声が聞こえ、オレ自身に補助魔法がかかったのを感じる。
有り難く受け取り、オレは勢いよく得物を目の前の動く植物型の魔物へと振り下ろした。
断末魔を上げて倒れるその植物からすぐさま離れる。
この魔物は体液が猛毒なのだ、といつだったかソレイユ先輩が教えてくれたことを思い出したからだ。
(……そんなこと、この世界に来なかったら知らなかったことだよな)
その知識は、この世界に存在している証。今ここで、紛れもない現実で、生きている証明である。
……などと考えながら地面に着地したオレと入れ替えに、相棒が愛鎌を手に跳ね上がった。
「――“深淵よ,その昏き闇によって彼の者を殲滅せよ! 『アップグルント』”!!」
彼が鎌を振るうと、闇色の衝撃波が奥にいた魔物たちを一掃する。
オレの背後では、ぱらりと魔導書を捲ったフィリが詠唱を完成させていた。
「――“烈風よ,刃となりて全てを切り裂け! 『シュタイフェ・ブリーゼ』”!!」
言霊に従い生まれた風の刃は、ソカルの法撃から逃れた残りの魔物たちを切り裂いていく。
オレは近くにいたナヅキと頷き合って、再び大地を蹴り上げた。
「――“其は生まれ出づる紅星,燃え盛るは刹那の煌めき! 『イスタンテ・ノヴァ』”!!」
脳裏に浮かんだ呪文を唱え、走りながら足元に魔法陣を描く。そうして生まれた魔力を剣に込め、力の限り振り下ろす。
灼熱の炎が巨大ネコ型の魔物を焼き切り、その合間を縫うように舞い踊ったナヅキの蹴撃が、とどめを刺した。
響く悲鳴に眉を顰めながら、ふう、と息を吐いて辺りを見回す。魔法の発動も少し慣れてきた。
他の魔物は、どうやら先輩たちが倒したようだ。
朝先輩が、“神殿”で【創造神】から賜ったという朝焼けを映した剣……【聖剣】モルゲンレーテを手に周囲を警戒している。
やがて魔物がいないことを確認したのか、その夜先輩の【魔剣】とお揃いの形の剣を仕舞った。
「お疲れ様です! 傷を治しますね」
そんな先輩の一連の行動を眺めていたオレに、そう言って駆け寄ってきたリブラが治癒魔法をかけてくれる。
彼女に感謝を述べ、大人しく治療を受けていると、不意にカイゼルさんが声をかけてきた。
「おい、そろそろ休憩だ」
「え、でも……」
まだまだいけます、と続くはずだった言葉は、彼が周りを親指で差したことで掻き消える。
見れば、ソカルとフィリがどこか疲れた様子だった。近くにいたナヅキも、離れた場所にいる先輩たちも同じだ。
「張り切るのはいいことだがな。ちゃんと自分や仲間の体力や魔力に気を配れ」
「う……。す、すみません……」
どうやら先へと急ぐあまり、周りを見る余裕がなくなっていたようだ。
仲間たちの様子とカイゼルさんからの指摘に、オレは申し訳なくなって頭を下げる。
一度深呼吸をすると、自分も魔物との戦闘や慣れない魔法の行使で、存外疲れていたことを自覚した。
カイゼルさんはオレの頭を軽く叩き、微笑ましそうにやりとりを見ていたルーの隣に戻っていく。
……自分が使うまで知り得なかったことだが、魔力とは体力や精神力と連動しているようで、使えば使うほどそれらを消耗するのだ。
空気中の魔力を体内に取り込んで詠唱により術式に変換、とかそんな話をフィリがしていたことを思い出す。
取り込んで変換、という流れの中で、体力や精神力を消費するのだとも。
「夜と朝も休ませねーとな」
会話を聞いていたらしいソレイユ先輩の声に、オレは思考の海から出て、双子に目を向けながら頷いた。
魔術には詳しくないが、結界魔法を展開させつつ戦闘もこなすのは無理があるだろう。剣術と魔術の両方で戦うことすら疲れるのだ。
二人は何でもないような顔で焚き火の準備を手伝っているが、恐らく疲弊しているはずだ。
……だが。
(……まあ、あの二人には先輩陣が付いているから大丈夫だろうな)
ソレイユ先輩たちは双子……特に夜先輩に対してどこか過保護なので、彼らのことは先輩たちに任せてしまってもいいだろう。
そうして焚き火を囲んでそれぞれが思い思いに休んでいる中、不意にルーが声を上げた。
「……ちょっと、いいかな?」
【太陽神】である彼の一言に、オレたちは談笑を止め彼に視線を移す。
大勢の目に晒されても怯むことなく、ルーは虹彩異色の瞳で仲間たちを見回した。
「そろそろ、ちゃんと話しておこうと思って。
……【全能神】が【創造神】とこの世界を狙う、その理由を」
真剣な彼の言葉に、オレたちは一気に緊張する。
思わず居住まいを正したオレに微笑んで、子どもは続けた。
「……全ての始まりは、【魔王】ヘルの存在。
【魔王】……破壊を司る神、【破壊神】。その性質ゆえに、彼は神々から疎まれ……彼もまた、神もヒトも憎んでいた」
【魔王】、と聞いて、オレは思わずこっそりと夜先輩を見やる。
彼は顔色一つ変えないまま、ルーの話に耳を傾けていた。
「ある時、ヘルは【全能神】の子どもを含む、大勢の神々を殺してしまった。彼はそのチカラで、天界を闇に堕とそうとしたんだ。
それに激怒した【全能神】は、ヘルを処刑しようとしたんだけど……」
ルーはそこで一度言葉を切り、手に持っていたカップの中身を飲んだ。
オレたちの手元にも、同じものがある。少し冷めてしまったその黄金色の液体……もとい紅茶で、オレも喉を潤した。
「……それを止めたのが、【創造神】アズール・ローゼリアだったんだ」
突然出てきたこの世界の女神の名。驚きのあまり紅茶でむせかけてしまう。
大丈夫? と小声で尋ねてきた相棒に頷いて、オレは【太陽神】に視線を戻した。
「アズールちゃんは、【全能神】に直訴した。
――【魔王】ヘルは自分が殺す、と」
「……女神が……? なんで?」
ぽつり、と疑問を零したのは、ナヅキたった。
それに気付いたルーは、眉を下げて彼女に答える。
「――【創造神】アズールは、【魔王】ヘルの双子のお姉ちゃんだったから」
『――えっ?』
一部を除いた全員が、その発言に思い思いの反応を示した。
朝先輩と夜先輩、ソカル、そしてディアナやソレイユ先輩、カイゼル先輩は知っていたのか反応はなく、それ以外の先輩陣もオレたち後輩組同様に初耳なのか、驚いたような声を上げていた。
「双子……? アズール様と、先代の【魔王】が?
それっ、て……――」
動揺したような声音で、イビアさんが自身の仲間である双子の【世界樹】を見る。
それに釣られて、オレたちも彼らに視線を向けた。
……当代の【魔王】である、夜先輩。
(……じゃあ、その双子の兄である朝先輩って……――)
「……別に、今はさほど重要じゃないでしょ」
思いついた可能性に、朝先輩がため息と共にそう吐き出す。
けれど、「だが」と声を上げたのは、意外にも黒翼だった。
「俺たちは、知っておくべきだ。
……それに朝は、【魔王】の事を黙っていた夜に怒った。だったら自分もちゃんと話さないと、筋が通らない」
「……黒翼さんの言うとおりですね。全く、皆さん秘密主義にも程がありますヨ?」
真剣な顔で詰る黒翼と、場を和ませるようにふざけた調子で笑う深雪先輩。
そんな二人と、オレたち後輩を含む他の仲間にじっと見られた朝先輩は、しばらくして観念したように息を吐いた。
「……わかった。と言っても、たいしたものじゃないよ」
口を開いた朝先輩に、不安そうな夜先輩が寄り添う。
朝先輩はそんな弟の手を取り、大丈夫、と微笑んだ。
「……僕はただ、ヒアと同じなだけ。
アズール様にもしものことがあったら……僕が、次代の【創造神】になる。……それだけのこと」
「って、十分“たいしたこと”じゃんか!」
驚愕と共にそう突っ込んだのは、マユカさん。
オレは驚きのあまり声が出なかったが、彼のおかげで気を取り直せた。
「……先輩も、同じ……」
「まあ、【太陽神】も【創造神】も殺させねえし、朝も【神】になんざさせねえがな」
呟いたオレに、カイゼルさんがそう言い切る。
「これ以上、身内に【神】が増えても困るだけだ」
「……別に、僕は……夜と一緒にいられるなら、何でもいいんだけど」
心底面倒くさそうな顔で話すカイゼルさんだったが、朝先輩の発言を聞くや否や彼の頭を沈めるように押さえつけた。
「そういうところだぞ、お前は!」
痛い、と文句を言う朝先輩と、呆れた顔のカイゼルさん。 そんな二人のじゃれ合いにため息を吐いて、ソカルがルーに続きを促した。
「それで? 女神が双子の弟である【魔王】を倒すと宣言して、そのあとは?」
それに頷いて、ルーは話を続けた。
「うん。そもそも【全能神】は……アズールちゃんに、ヘルの罪を軽くする代わりに自分と結婚しろと命令したんだ。
でも、アズールちゃんはそれを拒絶して、逃亡した弟を追って天界から出ていった。
……弟を、自分の手で倒すために」
「……まさか、それが理由でローズラインを……?」
「それもある……というかたぶん、それが大きな理由だね」
リブラの戸惑いを含んだような声に、そう答えたルー。
女神アズールは、神々の世界・天界を去る時に、所属していた【十神】を抜け、更に【全能神】に眠りの魔法をかけたのだという。ヘルと自分が逃げる時間を確保するために。
結果、【全能神】はここ最近に至るまで深い眠りについていたそうだ。
そして、アズールは自分が生み出した異世界……“ナイトファンタジア”に飛んだ。
ヘルもまた、その世界へと逃げ込んだからだ。
……それはそれとして、“ナイトファンタジア”というと、確かナヅキの故郷だったはずだ。
ちらり、と彼女を見やると、突如聞こえた故郷の名に顔色が悪くなっていた。
だが、フィリとリブラが心配そうにその両隣にいることに少し安堵して、オレはルーに向き直る。
「でも、結局先代の【魔王】は倒されたんだよな?」
「うん。だけど……天界はアズールとヘルの姉弟を、世界に混乱を齎した罪人と判断した。
アズールはただ、“家族”として弟を止めようとしただけ。でも、その判断は……【神】としては、多分、間違いだったんだ」
先代の【魔王】に関しては夜先輩がそんな話をしていたはずだ、と口に出せば、当の本人が説明してくれた。
いわく、【全能神】は“罪人”であるアズールを処刑するために、その所有物である“ナイトファンタジア”と“ローズライン”という二つの世界を滅ぼすつもりなのだとか。
「“双騎士”という世界防衛の伝承がない分、“ナイトファンタジア”はいつでも滅ぼせる、だから先に面倒なローズラインを……とでも思っていたのだろう。
……あの世界はあの世界で色々と厄介なんだが……まあそれはそれとして」
結果、神々はオレたちヒトの手によりその数を減らしていった。
後がない【全能神】たちは、今まで以上の戦力をオレたちにぶつけてくるだろう……といった内容で、ディアナが締め括る。
アズールとヘルという姉弟の“罪”。【全能神】の思惑。神々の戦い。
その全ての理由に、オレたちは言葉を失くしてしまった。
「……まあ、言ってしまえばオレたちは神々の内輪揉めに巻き込まれてるワケだ。
オレたち先代“双騎士”はアズール様には借りがあるし、何よりどちらかと言うと当事者寄りだから仕方ないけど……お前ら後輩組からしてみると、巻き込まれた被害者みたいなもんだよな」
そんなオレたち後輩を見兼ねたのか、ソレイユ先輩が申し訳無さそうな声音を出す。
すると夜先輩までも、「ごめんね」とその深海の瞳を伏せた。
「こんなことに、巻き込んじゃって。
……だけど、この世界を守るために……きみたちのチカラを、貸してほしいんだ」
そう言って、頭を下げる先輩。オレたちはそれぞれ顔を見合わせて……やがて、はあ、とため息をついた。
「今更、そんなこと言います?」
思わずオレの口から出たのは、そんな呆れの言葉だった。
……全く、この人たちは。
「オレたちは、もうとっくに覚悟を決めたんです。
先輩たちが、みんなが生きるこの世界を守るって。
……例え、どんな理由でこの世界が襲われていたのだとしても……その決意は、変わらないから」
「うん。結局僕らがやることは変わらない。
……まあ、神々が何を考えてるかとか、割とどうでもいいし」
オレが先輩たちに宣言すれば、ソカルも同意してくれる。
それにフィリがツッコミを入れて、ナヅキとリブラもそれぞれ頷いた。
「ていうか、ソーくんも【神】の一柱ですよ?」
「細かいことは言わない」
「……ま、何でもいいわよ。お互いの理由がわかればそれで良し。
その上で、アタシはやっぱりこの世界のことほっとけないわけだし。
そもそも先輩たちが悪いわけじゃないのに、謝られても困るんだけど」
「……はい。私には……アズール様が悪いことをしたとは思えません。
それに、この世界が大切だから……守ります、絶対に」
それぞれの想いは、きっと魔術の詠唱のように言霊となる。
「神々にどんな事情があろうと、それはこの世界を滅ぼしていい理由にはならない。
だからオレたちは戦います、最後まで……このローズラインに生きる、みんなのために」
立ち上がったオレは、先輩に手を伸ばす。
ずっとこの世界のために戦い続けた、彼らに。
「一緒に戦いますよ、先輩」
オレたちの決意に、夜先輩が息を呑む。
それからふわりと笑って、彼はオレの手を取り大地を踏み締めた。
他の先輩たちも、安堵の表情を浮かべている。
そんな中、よし、と声を出したのは、イビアさんだった。
「そろそろ行くか? ここからだと、日没までには桜華に着くだろうし」
彼の提案に頷いて、オレたちは焚き火の後始末をし、歩き出したのだった。
+++
桜華にある、“神の洞窟”。
それは、かつてこの大地を生み出した【創造神】アズール・ローゼリアが、初めて足を踏み入れた地なのだとか。
アズールはそこで世界をより繊密に創り上げ、しばらくその地で世界を見守っていたらしい。
道すがら暇つぶしに、とそう語ったのは、リブラである。
女神アズールを主神とするアズライト教団のシスターであるからか、彼女はこういった話に詳しく、また饒舌だった。
とはいえ件の洞窟は、地元の人ですら足を踏み入れたことがないほど奥深い森の中にという。
つまり、信仰深いこの世界の人たちですら伝説や空想の類だと思っているようだ。
「じゃあ、“神の祭壇”はなんのために?」
「はい! “神の祭壇”はですね、創世歴時代の国王……ええと、その時はまだローズライン国はローズライン国という名ではなかったのですが……それはともかく」
ナヅキの疑問に、よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりのテンションで、リブラは答える。
ここ最近の戦いで、憂いを帯びたような表情をすることが多かった彼女の楽しげな姿に、オレはもちろんディアナもほっとしているようだ。
「当時の国王陛下が、アズール様へと祈りを捧げる場として作らせたのが、“神の祭壇”なんです。
歴代の国王陛下と、アズライト教団のトップ……現在ですと、教皇エリゼオ様のみが入れる神聖な場所……だったのですが」
はあ、とため息を吐いたリブラは、所属する組織にとって大切な場所がよりにもよって神々に破壊された、という事実をじわじわと実感し、ショックを受けているのだろう。
気遣わしげな親友の瞳にゆるく笑いかけて、彼女は頭を振る。
「……ともあれ、教皇様と陛下がどうだったかまではわかりませんが、私も“神の祭壇”が転移ゲートだったとは知りませんでした」
驚きですね、と呟いたリブラ。ソカルがそれに「仕方ないよ」と声をかける。
「創世歴の話でしょ? 流石に僕も生まれてないし、知ってる人なんてホントにアズールくらいしかいないんじゃない?」
この世界で生まれた【神】である僕も知らなかったし。
そう話す彼が言うには、創世歴とやらは何千年も前の時代らしい。
それは確かに、誰も知らなくても仕方がないだろう。
「けど、転移ゲートって言う割には誰もその場所に召喚されたわけじゃないんだよな? オレもそうだし」
と、首を傾げたマユカさんに、仲間たちは同意する。
オレは【神】であるソカルに連れられてこの世界に来たわけだが、他のみんなはそうではないらしい。
それに答えてくれたのは、【世界樹】である夜先輩だった。
「“双騎士”の召喚は、基本的にこの世界そのものが行う儀式だからね。
選ぶのも、喚ぶのも世界の意思。……まあ、オレたち【世界樹】も、干渉は出来るんだけど」
空はゆっくりと夕焼けに染まっていく。
陽射しが先輩の青い髪を赤く照らす。
「ともかく、喚ばれた“召喚者”は“契約者”となる人の近くに降り立つ。その辺、ヒアやマユカ以外は心当たりあるんじゃない?
まあ、マユカもなるべくヒアたちの近くに降ろしたんだけど」
「……確かに。アタシも気がついたらフィリが暮らしてた街にいたわ」
夜先輩の解説に、ナヅキが神妙な顔で首肯した。
深雪先輩や黒翼、そしてルーまでもがそうらしいが、オレは「あれ?」と脳内に浮かんだ疑問を口に出す。
「じゃあ、夜先輩やディアナはどうやってここに?
……あと、ソカルは【神】なんだからゲートを使わなくてもオレを地球に返せるんじゃ?」
「オレはお兄ちゃんに連れて来られたし、お兄ちゃんとディアナもアズールにチカラを借りて転移してるからね」
「まあ、僕は確かに【神】ではあるけど……自分一人ならともかく、他人を連れて転移できるほどのチカラはないよ。
それは他の神々も同じ。誰かを連れて世界を渡るなら、転移ゲートがないと無理だよ」
二人の説明を受けて、オレはなるほど、と呟いた。
マユカさんを連れてきた夜先輩も、女神アズールも、他の神々も、“神の祭壇”という力場なしに他人を次元移動させる、ということは出来ないらしい。
早い話、オレたちがここに召喚されたのは“神の祭壇”という転移ゲートの恩恵だ、と言う話だ。
「つまり、早いところその転移ゲートとやらを復旧させなきゃってことだな」
ソレイユ先輩のざっくりとした結びに、オレは前方を見やる。
遠目でもわかるくらいのネオンライトが、夕闇の中で主張していた。
「目的地、見えてきたぞ」
カイゼルさんがぶっきらぼうに指を差したその魔法灯の明かりこそ、オレたちが目指していた街……桜華である。
桜華の奥にある“神の洞窟”で転移ゲートを再構築し、神々の世界・天界へと乗り込む。
これからの行動を脳内で今一度確認し、オレは近づく人工の灯を見据えた。
途端に走る、緊張感。隣を歩く相棒の表情も、どこか固い。
オレたちの旅の終わりは、きっとすぐそこに――
Past.55 Fin.
Next⇒