Destiny×Memories

Silbe1 ~いつか、未来の話。~


※「Night×Knights」に置いてあるものと同じ内容となります。
 予めご了承ください。

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「……は? 昏睡状態?」


 白髪の歌唄いから持たされた情報に、少年……リッゼル・アスクトは目を見開いた。

 目の前の彼らと敵対して度々死闘を繰り広げてきたのも今は昔の話。
 かつてのリーダーと共に贖罪の旅を続けるリツの眼前に突然現れた歌唄いと銃使いの二人組は、深刻そうな顔で彼にこう告げた。

 “貴方のライバルは今、昏睡してます”、と……――


「……なんでだよ? なんでアイツがそんな……っ」

「まあ、あのあと……お前らと戦ったあと、色々とな。
 とりあえず生きてはいるし、そんな顔すんなよ」

 苦笑いを浮かべた銃使い……ソレイユ・ソルアに、リツは自分が顔をしかめていたことに気付く。

「なんだかんだで心配なんですネェ、夜くんのこと」

「べっ別に!! 心配とかじゃねーしっ!!
 ……ま、まあ? 心配とかじゃねーけど……見舞い? くらいは行ってやってもいいけど?」

 面白そうに笑う歌唄い……深雪がそう言うと、真っ赤な顔でそっぽを向くリツ。
 それを見て深雪と視線を合わせながら、ソレイユは「わかった」と頷いた。

「しょーがないから連れてってやるよ。……まあ、あんまり朝のやつを刺激しないでくれよな?」

「……は? それは、どういう……」


「それは行けばわかりますヨ」

 不穏な発言に首を傾げれば、深雪に言葉を遮られてしまう。
 そのままリツは、二人に連れられて彼らの拠点へと足を踏み入れたのだった。

 +++

 ローズラインの上空に浮かぶ、空中神殿。
 本来は【創造神】の所有物で、“双騎士ナイト”をはじめとする彼女に認められた者しか入れないその場所に、リツはいた。
 白を基調とした建物の内部、柱の間から見える空。
 静かで厳かなその空間に、自然と緊張してしまう。

 
「ここです」


 そう言って案内を引き受けた深雪が押し開けたのは、大きな扉だった。
 そこは廊下と同じ、一面白やクリーム色で覆われた部屋だった。
 最低限の家具しか置いていない空間の中で、ひと際目を引くのはやはり……中央に設置されたベッドだろう。

 青い髪の少年が、横たわっている。
 血色の悪いその顔は、まるで……まるで、生きていないように見えた。
 傍らには、彼とそっくりな顔をした水色の髪の少年が、ベッドの縁に顔を伏せて眠っている。

「……生きてんだよ、な?」

 リツは思わず傍にいた深雪に尋ねる。
 歌唄いは「ええ」と頷いて、その青髪を撫でた。

「ルーくん……【太陽神】によれば、戦いで消耗した心身や魔力を癒やすために眠っているのだとか。
 ……何年経てば目覚めるのかはわかりませんが……」

「……あれから眠ってる、なら……今で三年くらいか……? けど……」

 普通の人間が、そんなにも眠っていられるのだろうか。何か……特別な魔術結界でも張られているのか?
 そう問おうとしたリツであったが、布が擦れる音に口を閉ざした。

「……?」

 ……それは話し声で目を覚ましたのであろう、夜の双子の兄である朝だった。
 寝起きだからかどこかぼんやりとしたその紅い色の瞳は、しかしリツを捉えて見開かれた。

「……っリッゼル・アスクト……ッ!!」

 完全に覚醒したのか、起き上がってこちらを威嚇する朝に、リツは辟易する。

「ちょ、ま……――」

「何をしに来た! なんでここに……夜に何をするつもりだ!!」

「待ってください、朝くん」

 どこからか星を模した剣を取り出してリツへ向ける朝だったが、それを止めたのは深雪だった。

「……リツくんを連れてきたのは私たちです。リツくんは、夜くんの様子を見に来てくださったんですよ」

「……様子を……? なんで。僕たちは敵だったはずだけど?」

 怪訝そうな彼に、今度はソレイユが声をかける。

「まあそうなんだけどな。三年も経てば和解するには十分だろ? こいつも改心してるみたいだし。
 なんかあってもオレたちが対処するから大丈夫だってば。……オレたちそんな信用ないかな?」

「……っそんなことは……ないけど……」

「……朝くんの指示を仰がずここに連れてきてしまったのは謝ります。すみませんでした」

「……指示を仰ぐとか……別に僕は君たちのリーダーでもないし。……その、対等な立場なんだから……そういうのは、ちょっと。
 ……それに、ここに来れたということはアズール様やルーが害はないと判断したからでしょ? ……なら別にいいよ」

 ソレイユと深雪の畳みかけるような言葉に、朝は冷静さを取り戻したのか剣を下げながら気まずげに目を逸らしてそう言った。

「……リッゼル・アスクト。……その、いきなり剣を向けて悪かった。
 ……夜のこと、心配してくれて……ありがとう」

「……べ、別に心配とかしてねえってば。ま、まあ……謝意は受け入れておいてやるけど」

 痛みを含んだような瞳で謝罪と感謝を述べた朝に、リツは照れたようにそっぽを向く。
 そんな二人を見て、深雪とソレイユは密かに安堵の息を吐き出したのだった。

「……けどお前も大丈夫か? 顔色悪いし」

「……別に平気。気にしないで」

 淡々と返事をする朝だが、血の気が引いたような顔色をしている。
 リツは思わず深雪とソレイユに視線を向けるが、二人は困ったような……それでいて悲しげな表情で首を振った。

「あー……朝。起こして悪いな。お前もうちょっと寝とけよ、夜が起きたときそんなんじゃ逆に心配されるぞ」

「大丈夫だよ。……大丈夫」

 そう言いながら、朝は眠る夜の手をぎゅっと握る。

「大丈夫。 まだ待てるよ。ずっと待てる。平気。辛くないよ。夜、夜、よる……君が受けた傷に比べれば……」

「……お前……」

 その病んだ独白に、リツはかける言葉を失った。

「朝くん」

 不意に深雪が朝の背後に回り、その色白な手で彼の瞳を覆う。

「……朝くん、すこし休みましょう。大丈夫、夜くんは私たちが見てますから」

「で、も……」

「大丈夫ですよ。……大丈夫」

 そう言いながら、歌唄いは子守唄を口ずさむ。
 優しいその旋律に、朝の体が傾いた。

「……おやすみ、朝」

「……よ、る……」

 ソレイユの声に、朝はまぶたを閉じる。
 最愛の弟の名を、涙と共に零しながら。


 +++


「……とまあ、そんなことがあったんだよ」

「ふうん。……ありがとう、 リツ。お見舞い、来てくれて」

「だっ……だから別にそんなんじゃねえっつってんだろ!!」


 あれから二年ほど経過して、眠りについていた彼は無事に目を覚ました。
 新しい旅を始めた彼に王都・ロマネーナで偶然再会したリツは、彼を昼食に誘い、過去の出来事をぽつりぽつりと口にしたのだった。


「……まあ、知ってたんだけどね。嬉しかったよ、リツが来てくれて」

「そうかよ」

 目の前のサラダをつつきながら、彼はふわりと微笑みを浮かべる。

 ……目を覚ましたら覚ましたで、この男は【世界樹ユグドラシル】とかいう不可思議な存在になっているわ、色々悟ったような、それでいて慈愛に満ちたような笑みを見せるようになっているわで、リツは彼の仲間たちも大変だな、とため息を吐いたのだった。

 その不可思議なチカラのおかげか、彼は眠っていた間この世界で起こっていたことをざっくりながらも知っていると言った。
 リツが眠る彼に会いに行ったことも、彼は知っていたのだと。
 それを聞いた瞬間、恥ずかしくもなったが……まあ、コイツだしなあ、と早々に色々なことを諦めてしまった。
 つまり、気にするだけ無駄だ、と。

 街の一角にあるこのカフェは、人気はあるもののいつも静かで、リツのお気に入りだった。
 パスタのランチセットを頼んだリツとは対照的に、彼はサラダだけを頼んでいた。

「……お前、ほんとにそれで足りるのか?」

「うん」

 呆れたような視線を向けると、彼はにこにことサラダを頬張っていた。
 ……奢るといったリツに遠慮して、ではないことくらいリツも知っている。
 となると、彼は本当に食が細いのだろう。袖から見え隠れする手首も、確かに自分と同年代にしては細すぎるくらいだ。

「……飯くらいちゃんと食えよな」

「食べてるよ。みんなに同じこと言われるから」

「そりゃあな……お前細すぎて怖いし。なんかこう、折れそうで」

「なに、それ」

 歌唄いから聞いた、彼の辛い過去。それを考えれば、確かに彼が細いのも少食なのも納得はできる。
 けれど、それは過去なのだ。終わった話なのだ。……過去に囚われ、世界を滅ぼそうとしていた人についていた自分が言えた話ではないけれど。

 くすくすと笑う彼を、複雑そうな表情で見やるリツ。
 ああ全く、調子が狂う。
 リツと初めて出会ったときの彼は、明るく元気な性格だった。それから紆余曲折を経て大人しくて暗い性格になって、そうして今は大人びたような……何かを悟ったような、そんな落ち着いた性格になっていた。
 いっそ全部別人格である、と言ってくれた方がやりやすい。率直に言えば、最初の頃の人格の方が、リツとしては関わりやすかった。

(……まあ、それを口に出せばめちゃくちゃ傷つけちまうだろうし……コイツの仲間たちに殺されかねないからなあ……)

 境遇が境遇だからか、彼の仲間たちは彼に対して過保護だった。
 はあ、と何度目かのため息を吐いてから、リツはパスタの最後の一口を頬張った。
 トマトの酸味が疲れた心に染み渡る。
 見れば、彼の方もサラダを食べ終わっていた。

「……ねえ、リツ。あのね……」

 ふいに真面目な表情でそう切り出した彼に、リツは首を傾げる。
 しかしその言葉は、最後まで続かなかった。

「夜!」

「あ、お兄ちゃん」

 唐突に響いた声に二人してそちらを向けば、そこには夜の双子の兄である朝が立っていた。

「よお、オニーサマ」

「……リッゼル・アスクト……」

 未だに自分のことを愛称で呼ばない朝にリツは椅子をすすめるが、彼はそれを断って、弟を見やった。

「もう、探したよ、夜。……お昼ご飯食べてたの?」

「うん。たまたまリツに会って、奢ってくれるって言うから」

 にこにこと笑う弟に、呆れたように息を吐いてから、朝はリツへと向き直った。

「リッゼル・アスクト。弟が世話になったね。 ありがとう」

「別にー? ていうか、お前もちゃんと夜に飯食べさせろよな」

「わかってるよ。でも、無理に食べさせても吐いちゃうからね。まずは三食きちんと食べさせるところからにしてるんだ」

 頭を下げた朝に茶化してそう言えば、彼は真面目な顔で答えを返した。
 夜は居心地が悪そうに苦笑いを浮かべている。

「わかってるならいいけど。
 ……さて、じゃあオレは帰るとしようかな」

「……あ、あの、リツ!」

 夜の迎えも来たしな、と立ち上がれば、夜から声をかけられた。
 ん? と首を傾げると、彼はふわりと笑う。


「今日はありがとう。……その、よかったらまた……会ってくれたら嬉しいな」

 ふと、それが先ほど彼が言いかけた言葉なのだと理解した。
 他人と距離を置きがちな彼の、精一杯の言葉。
 だからリツは、とっておきの返事を送ることにした。

「ばーか、当たり前だろ? お前はオレのライバルで……友だち、なんだからな」

「……っ!!」

 敵対していた。命を奪おうとしていた。
 けれど、お互い内心では、「友だちになれたら」と願っていた。
 いつかの銃使いの言葉を借りれば、五年も経てば和解するには十分で。
 だからこそリツも、素直に「友だち」だと認めることができたのだ。

 驚いた顔で息を飲んだ夜は、それから俯いて……一拍のあと顔を上げ、涙を湛えた瞳で、きれいにきれいに笑ったのだった。


(その笑顔を見ていたいと思った。その笑顔を守りたいと思った。
 彼の仲間たちの気持ちが、わかったような気がした)


 リツは知らない。夜は新たな旅の仲間の一人に「自分自身も愛してあげてほしい」と言われたことを。
 それが知らず夜を縛る棘となって、彼の心に傷をつけていたことを。

 けれど、勇気を出して告げた思いに、リツが想像以上の言葉をくれた。
 そのことが、夜にとって自己肯定への一歩になることを。


 リツが歩みを止めて振り返ると、彼は兄に手を引かれて反対方向へ歩き出していた。
 笑顔を浮かべて話をしている彼ら兄弟に、リツはほっと息を吐いた。

「……なんだ、アイツら全然大丈夫そうじゃん」

 眠る弟を不安そうに見守る兄はもういない。
 全てを信用できないと言いたげな暗い顔をしていた弟はもういない。

 彼らを取り巻く暖かな空気に、リツは心底安堵したのだった。



 Fin.

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