I'll -アイル-

Act.20 終章


 ――雨が降り始めた。

 帰りが遅いメモリアとジョーカーを探して、ハリアは街を歩いていた。
 居場所なんて見当がついている。どうせ、メモリアのお気に入りの場所だ。
 すでに暗くなった空と、降り続ける雨に、体が冷える。
 ざあざあと鳴く空にも関わらず、街の住民たちは相変わらずお祭り騒ぎを続けていた。
 けれど、ハリアの胸中はそんな彼らとは正反対だった。

 ――……嫌な予感がする。

 彼は、思わず走り出していた。

 +++

 たどり着いた丘の上で見たものは、泣きじゃくるメモリアと、笑顔のまま事切れたジョーカーの姿だった。
 彼の遺体に縋りついて、ただひたすらにごめんなさい、と繰り返すメモリアの姿に、何があったのかは一目瞭然で。

「……リア」

 そっと声をかけても、何の反応もしない。
 ハリアは静かに傍に行き、メモリアからジョーカーの体をそっと取り上げた。

「……にい、さん」

「……この雨の中、こいつを放っておく気か?」

 もう眠らせてやれ。そう言って、ハリアは墓標の地へと向かった。

 +++

 戦場跡地と町外れの丘の間にある、共同墓地。
 沢山の犠牲者が眠るこの場所に、また一人増えてしまったのか、と目を閉じる。
 親友だった二人の間に何があったのかは知らない。
 だが、メモリアの意図しない出来事であったのは明白だろう。

「オレの弟分を、これ以上壊す気か、お前は」

 悪態をつきながら、そっと墓標の地に彼を埋める。
 ……彼ら二人が、お互いを大切に想っていることは知っていた。親友以上の関係性であることも。
 だからこそ、ハリアはメモリアの心に深い傷を残したジョーカーのことが赦せなかった。
 どういう経緯があって、メモリアがジョーカーを殺すことになってしまったのかはわからない。
 ……唯一無二の存在を喪ってしまった、メモリアの傷の深さでさえも。
 
「……面倒なこと、残しやがって。他の連中にどう説明しろってんだよ。
 どうやって……あいつの心を救ってやりゃいいんだよ……?」

 まだ丘の上で泣いているであろう、弟分のことが不意に無性に気になった。

「……じゃあな、ジョーカー。……たまには墓参りに来てやるよ」

 別れの言葉を呟いて、ハリアはメモリアの元へ駆けて行った。


 +++


(……きっと、これは罰なんだ)

 雨に打たれながら、メモリアは思考する。
 冷たい雨粒が、先ほどまでジョーカーがいた痕跡を洗い流していく。

(オレが……【魔王】のチカラを、受け取ってしまったから。
 そのことを、誰にも話さずにいたから……だから……)

 深い深い絶望が、メモリアの身を包む。
 涙は枯れることなく溢れていった。

「父さん……母さん……クオン……キリク……ヒュライ……ジョーカー……っ!!」

 亡くした大切な“家族”たち。失ったものが、痛くて重たい。
 覚悟はできていた。両親を亡くしたあの日から……戦場に足を踏み入れたその時から。
 だけど、これは。

「……おれも、連れて行ってよ、ジョーカー……」

 ジョーカーが倒れていた場所に、メモリアは身を横たえる。
 ぬくもりの残滓すら残っていない。
 もう、二人の距離は、遠く隔たれてしまったのだ。

 +++

 ……案の定、弟分メモリアはまだ丘の上で泣いていた。
 ジョーカーがいた場所で倒れて、彼の名を、死した仲間たちの名を呼びながら。
 雨はまだ止まない。こんなに濡れては風邪を引くだろう。

「……帰るぞ、リア」

 声をかけても動かないメモリア。
 ハリアはその痩身の体を抱きかかえ、丘を下った。
 ……自分たちが戦って、自由を手にした愛する街へ……痛みを抱えて。


 これは、あるレジスタンスグループが、政府と戦い、多くの犠牲を出した末に自由を手にした……――



 痛みと悲しみの、ハッピーエンドの物語。



 I'll-アイル- 完。