Night×Knights

Chapter17. 再会~ココロのヤミ~


「結局……何が何だかわからないまま力とやらを受け取っちゃったな……」

「まじ疲れた……二度とやりたくない……」

 そんなイビアとソレイユの会話を聞きながら、僕たちは桜華おうかの街を後にした。
 洞窟内に残っていたリウやレン、桜爛とアレキに一連の出来事を説明するついでに、他の仲間たちに起こったことを情報共有したのだが。

「カイゼルとソレイユ、黒翼は“アヴィレセクター”とやらと戦闘したって言ってたね?」

「そうそう。全く、なんでオレたちだけ……」

 桜爛の言葉に、ソレイユはため息を吐く。
 その横で大変でしたね、と深雪が相棒を労っていた。

「……朝……大丈夫? 顔色悪いわよ?」

「……大丈夫だよ」

 そうした彼らのやり取りを眺めていると、リウが心配そうに僕の顔をのぞき込んできた。
 それにありがとう、と笑みを返して、僕はぎゅっと自分の胸元を握り締めた。

 僕はアズール様の力を受け取った影響で、自らの属性が“風”から“光”へと変わっていた。
 気を失ってから目が覚めた時にはすでにアズール様はいなくて、ただ心配そうな顔の仲間たちに見守られていた。
 生まれつき持っていた属性が変わるというのは案外大変なもので、僕は未だに違和感と戦っている。
 ……それでもこの“力”で夜を救えるのなら、この違和感にも耐えてやる、と僕はひっそりと誓った。

 ……そんな時だった。
 突然大きな物音と、誰かの悲鳴が聞こえたのは。

「う、わああぁぁぁぁーーーッ!!」

「!?」

「な、何だ!?」

 僕たちは驚いて辺りを見回す。どうやら少し先の道で何かが起こったらしい。

「行ってみましょう!」

 リウが言うと、レンが頷き駆け出した。僕たちもそれに続いて走り出す。
 ……一抹の不安を感じながら。

 +++

 たどり着いた先にいたのは、脇腹から血を流しながら倒れている眼帯の少年と、黒い服の少年だった。

「リツ……に、夜……!?」

 ソレイユが呟く。
 そう、眼帯の少年は“黒き救世主ダークメシア”の一員であるリツで、黒い服の少年は僕のパートナーである……夜だった。

「くっそ……何なんだよひよっこ勇者のクセにッ!!」

 流れる血を押さえながら、反対の手で剣を握り直し叫ぶリツ。どうやら先ほどの悲鳴は彼が上げたものらしい。
 対する夜は真っ黒な剣を無造作に握ったまま、立ち尽くしていた。

「夜……っ!!」

 名前を呼んでも、何も反応しない彼。リツが夜に切りかかるが、彼はその剣を軽く受け流した。

「な……ッ!!」

 そして体勢を崩したリツの左肩に、彼は剣を突き立てた。

「……っああああああああッ!!」

「……っ」

 今までの夜らしからぬ行動に、リウが思わず目を背ける。そんな彼に、僕たちも呆然としてしまい誰一人として動けずにいた。

「……っなんだよお前……何なんだよぉぉぉっ!!」

 声を荒らげるリツに、彼はまた剣を突き立てようとする。
 ……だが、それは叶わなかった。

「……姫っ!?」

 黒翼が、自らの刀で彼の剣を受け止めたからだ。

「夜から、離れろ……!」

「…………」

 しかし黒翼の刀をものともせず、“夜”は黒翼を突き飛ばす。
 そこには一切の感情も宿っておらず、ただ冷酷で……異質な紅い瞳だけが、僕たちを見ていた。

「……っ!!」

「姫っ!!」

 イビアが倒れた黒翼の元へ駆け寄る。幸い、怪我はないようだ。

「姫、何して……」

「朝……っ」

 イビアの言葉を遮って、黒翼は僕の名を呼ぶ。

「朝……夜の中には、“闇”が……俺の“力継人アヴィレセクター”に昔宿っていたと言う【魔王】が、いる……!」

「え……っ!?」

 その話に、僕たちは夜を見る。

 冷たい紅の瞳。纏う黒い雰囲気。歪められた、口。
 僕の知る“蛹海 夜さなうみ よる”とは余りにもかけ離れたその存在が、“夜”の人格ではないとしたら……?


「――……違う。あれは紛れもなく“夜”だ。“夜”の心の悲鳴に、その【魔王】が入り込んだんだ……」

 無意識に、否定の言葉が口から出ていた。彼は“夜”だ、と僕の直感が告げる。
 ……彼の傍を離れていた一年を除いた十六年間、ずっと見守ってきた僕にはわかるんだ。

(だって、だって……僕は、君の……!)

 それを受けて、みんながそれぞれの武器を手に“夜”を見やった。

「つーまーりー、姫さんが言うところのその【魔王】とやらを夜からひっ離せばいいんだよな?」

「そう簡単にいくといいんですけどネェ」

 楽勝じゃん! と意気込むソレイユに、意外としつこそうですヨ、と言いながらも短剣を構える深雪。

「絶望なんてしない。必ず、導くから」

「ガキの面倒見るのはもう懲り懲りなんだがな……」

 “夜”を真っ直ぐ見つめるルーと、呆れながらも戦闘体勢なカイゼル。

「夜……そんなものに飲み込まれるな! 戻ってこい!」

「夜……っ!!」

 “夜”に必死に呼びかけるイビアと、体勢を立て直し再び刀を握る黒翼。

「夜……ごめんね……っ!! 私たちのせいで……怖い思いをしたよね……ごめんね……!!」

「んなもんに目ェつけられてんじゃねぇよ!! てめぇの居場所はここじゃねえのか、夜ッ!!」

 泣きながら夜に謝罪するリウと、そんな彼女を支えながら“夜”に怒鳴るレン。

「レンの言うとおりだよ! 戻ってこないなら力ずくでも戻らせてやる!」

「もう怖くないから、大丈夫だ。オレたちが守ってやるから。だから、夜。帰ってこい……!!」

 双剣を構えながら叫ぶ桜爛と、優しく“夜”に呼びかけるアレキ。

「夜……帰ろう? 『そこ』は、寒くて寂しいでしょ?
 夜は寒いのも寂しいのも嫌いだもんね……」

 そして、精一杯微笑んで“夜”に手を伸ばす、僕。

「……闇があるなら光で照らせばいい。
 太陽が隠れてしまったなら、歌で引っ張り出せばいい。
 翼が折れてしまったなら、誰かが翼を貸せばいい。
 ……もしも道に迷ったなら、ぼくが導いてあげるよ」

 ルーの言葉に、みんなの願いに、力が宿る。僕たちを導く、【太陽神】の祈りによって。
 それは想いの力。無数の光を帯びて、“夜”へと向かう。

「夜……ッ!!」

 暗い暗い“闇”の中にいる君へ、届けばいい。僕たちの声が、届けば。


「――……黙れ」


 冷たい言葉、拒絶。……僕たちは彼を凝視する。光は彼の纏う“闇”の前に、むなしくも霧散した。

「お前らに何がわかる……? 誰にも必要とされずに、誰からも愛されずに。
 お前のせいだと責められ虐げられてきたオレの痛みがッ!!」

 それは、痛みを湛えた彼の慟哭。目尻には、涙を溜めていた。


 ……救えないの? 大切な、君を。
 ただ深い絶望を抱いて。ただ深い“闇”に包まれて。

 “夜”はずっと、泣いていた……。


(怖かったんだ、自分の存在も、この世界も、何もかもが)
(……もう、終わりにしたかった)

(そうしてオレは、全てを拒絶した……)


 Chapter17.Fin.
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