Night×Knights

Chapter25. 雷鳴~狂った愛情~


 ――……レンから一通りの話を聞いた僕たちは、その暗い内容にただ黙ることしかできなかった。

「なんか……聞いてごめん」

 漂う空気の重さに耐え切れなかったのか、イビアがレンに謝る。

「何を謝ってんだ。そもそも……うちの馬鹿兄のせいでテメェらを巻き込んでんだ。
 ……謝んのは、オレの方だ」

 自嘲気味に笑うレン。僕たちは、そんな顔が見たいわけじゃない。

「だれもわるくなんてないよ」

 ルーの幼い声が、重たい空気を振り払うように部屋の中に響く。

「レンおにいちゃんもリウおねえちゃんも、ランおにいちゃんだって。みんな、なにもわるくないよ」

 【太陽神】はふわり、と笑んで光を纏う。

「ただ、不幸がつづいて悲劇をよんだ、それだけのことなんだよ」

「ルーくんの仰る通りですヨ。あまり、自分を責めないでください」

 らしくありませんから、と深雪もいつもの笑みを浮かべる。

「まあ……なんだ。お前がそんな落ち込んでたら調子狂うっつうかさ……」

「家族の暴走を止めるのは家族しかいない、オレたちはその手伝いをしてやるだけだって!」

 素直になれないカイゼルと、レンの腕をバシバシと叩きながらからからと笑うソレイユ。

「悲劇は、終わらせよう」

「そうそう、そんでまたぱーっと笑えばいいじゃん!」

「レンなら大丈夫だ、きっと」

 優しい声の黒翼、明るく笑う桜爛、そっと微笑むアレキ。
 そして。

「今度は、レンとリウの番だ」

「みんなで、過去を乗り越えよう」

 手を差し伸べる、夜と僕。
 レンとリウはそんな僕たちを見て、力強く頷いた。

「……ああ」

「……ええ、もちろん!」

 +++

 その後、明日のために今日は休もうと解散したとき、不意に夜がリウに近付いた。

「……夜?」

「リウ、あの……」

 不思議そうな表情の彼女に、彼は何かを告げる。
 その声はひどく小さいものだったが、それを聞いたリウは橙色の瞳を大きく見開き、やがて静かに首を縦に振った。

「……やっぱり」

 ――……それなら、オレが彼をどうにか出来るかもしれない。

 聞こえてきた夜の言葉に、僕は言い様のない不安を感じた。

 +++

 ――次の日。

 僕たちは再び街を出た。
 ランのことが不安ではないわけではなかったけれど、悲劇を終わらせるためにはきっとそれが一番だと信じて。
 リウを残していくことも考えたけれど、彼女の強い要望で行動を共にさせていた。

 そうしてしばらく歩いていると、突然どこからともなく声が響いた。


「やあ、レン。それに“双騎士ナイト”の諸君」


 それはもちろん、レンの双子の兄……ランのもの。レンはとっさに魔法陣を発動させ、詠唱体勢に入る。

「ラン……ッ!!」

「ちゃんとお嬢様も連れてきたんだねレン」

 偉い偉い、と言いつつも冷めた目でリウを見るランに、僕たちも戦闘態勢にとった。

「リウは殺させない!」

 イビアが呪符を構えるが、ランはそんな彼を一目見てせせら笑った。

「守りたい、って? 『今度こそ』?」

「――――ッ!?」

 ランの言葉に絶句したイビア。その隙を見て、ランはさっと手を天へ向けた。

「君たちもついでにここで始末してあげるよ」

 それが合図だったのか、どこからともなく大量の魔物が現れた。

「ッ!! ――“黎明の閃光,降り注げ! 『オーバーレイン』”!!」

 咄嗟に僕が呪文を唱えると、光の矢が魔物たちに降り注ぐ。
 それに反応するように、他のみんなも攻撃を始めた。

「――“天空の覚醒,祈りの虹となれ! 『ラピスアルクス』”!!」

「――“灼熱より出でし混沌,全てを燃やせ! 『カロルカオス』”!!」

 ルーの詠唱によって、空から七色に輝く光の塊が魔物へと落ちていき、続いてレンの魔法で魔物たちは炎に包まれる。
 けれどなおも突撃してくる魔物の群れ。怯む様子すら見せない彼らに、僕は内心でゾッとした。

「っ魔物って……もうちょっと賢いと思ってたんだけどねえ!?」

 桜爛が声を上げながら、双剣で巨大なげっ歯類を斬り裂いた。
 ソレイユも魔法銃で迎撃しつつ、それに同意する。

「確かに……ここまで無謀に突っ込んでくることってそうそうないはずなんだけどな」

 魔物だって生き物ではあるのだ。本能に従って生きる彼らは、命の危険を感じると普通は逃げるはずなのだけれど……――

「……こわされてる」

「……え?」

 不意に、夜がぽつりと呟いた。
 それに首を傾げると、弟はみんなに聞こえるほどの声で静かに話し出す。

「魔物たちの理性……あるいは本能、思考する知能。それらが、“壊されて”いる。
 ランと“獣使いビーストテイマー”の子の命令に従うだけの……ただの、意思なきチカラの塊になってる」

 得物を振るう手や詠唱を止めることなく、みんなは彼の話に耳を傾けていた。
 大きな戦闘音の中でも、夜の言葉は不思議と響く。

「魔物の増加と凶暴化……ぜんぶ、魔物たちのココロが“壊されて”いるから起きたこと。
 少なくとも、ランをなんとかすれば……魔物たちの凶暴化は収まるよ」

 淡々と語る彼に、なぜそんなことがわかるのか、とみんなが怪訝そうな視線をちらりと向けた。
 けれど、そんな僕たちに降り注ぐのはランの声。

「はははっ! やるね、“双騎士”たち……そしてレン!!」

 彼は芝居かかった口調で、至極楽しそうに笑う。

「だけど……敵は魔物たちだけではないよ!」

 そう彼が言った瞬間、僕たちの頭上から詠唱が聞こえた。

「――“怒れる大地よ,破壊せよ! 『イーラ』”!!」

 その途端、僕たちが立っていた地面が揺れ、深く抉られる。

「……ッリツ……!」

 何とか避けた夜が詠唱者……リツを見た。先日“夜”から受けた傷は、どうやらすっかり完治しているようだ。

「よ、ひよっこ勇者。何だもう復活したのか?」

 剣を構えながら軽々しく夜に話しかけるリツ。だが彼はそれには答えず、剣を構えて詠唱を始めた。

「――“暗黒の世界,罪人の償い……。『ダークネス・アトーンメント』”」

 深い闇が夜の身体を包む。そしてそれは夜の剣に纏わりつき、彼はそのまま剣を振り払った。

「……ッ!!」

 闇はリツの頬を掠め、リツはキッと夜を睨む。

「くそ……っひよっこ勇者め!」

「……らなきゃ、られる……」

 そんなリツを感情のない深い蒼の瞳で見ながら、夜はぽつりと呟いた。

「……っ夜!」

 そうして駆け出した夜を襲う、一体の魔物。
 四足で走るその狼型の魔物は、きっと獣使いセルノアの指示を受けたのだろう。
 ――だけど。

「だから……よるは、やる」

 囁くように放たれた言葉。それと同時に、魔物は崩れるように“壊れて”いった。
 僕は慌てて魔物の輪を潜り抜け、彼の元へ駆け寄った。

「夜、今のは……!?」

 だけど弟は焦る僕の顔を見て、不思議そうに首を傾げただけだった。
 ……さっきのは……もしかして、【魔王】に関するチカラなのだろうか。
 不安に駆られる僕を置いて、彼はリツに向き直ったのだった。

 +++

「……思い出した」

 魔物たちと戦っているみんなから少し離れた位置にいたイビアが、唐突に独り言ちた。

「そうだ……あの時、マリアを殺したのは……ッ!!」

 イビアが呪符をぐしゃり、と握りしめる。

「マリア? ……ああ、あの時捕まっていた女か」

 その言葉を聞き、ランが見下したようにふっと鼻で笑った。

「――ッ!! やっぱり……やっぱりお前があの時の“殺し屋”ッ!!」

「嫌だな。僕は“殺し屋”などではないよ。あの時はただむしゃくしゃしていただけさ」

 イビアがランをきつく睨んだが、彼はそれすら嘲笑しただけだった。

「き……っさまああああッ!!」

 そんなランに、イビアは激昂して呪符を彼に飛ばした。
 ……だが、それは一体の魔物によって振り払われる。

「……ランさまは……殺させない」

 その猫科を彷彿させる姿をした魔物の後ろに、半獣人ビーストクォーターの少女……セルノアが立っていた。

「セルノア。あいつ、やっつけて」

「はい、ランさま」

 ランがセルノアに命令し、彼女が忠実に頷くと同時に、魔物がイビアを狙って攻撃してきた。

「……っ!?」

 その素早い動きに呆然とするイビア。呪符を構えているけれど、間に合わない。

「……っイビア!!」

 黒翼の叫ぶ声。魔物の攻撃が届く。切り裂かれる音と共に、赤い色が僕たちの視界に届いて……――


「……ッ姫ぇぇぇぇ!!」


 大地に響く絶叫。魔物の攻撃を受けたのは、イビアを庇った黒翼だった。

「イビア……守るって……契約……」

 ふっと微笑んで、黒翼はそのまま地面に倒れた。

「姫……? 姫!? 姫ぇぇぇッ!!」

 イビアが黒翼の体を揺さぶりながら叫んでいる。
 その隙を突いて、魔物が再び攻撃を仕掛けようと爪を構えた。

「――“業火よ,その罪を裁け! 『ジャッジメント・フレイム』”!!」

 だけどそれはレンの魔法によって防がれ、魔物は断末魔をあげながら燃え上がる炎に包まれて空へと消える。

「一旦退くぞ!」

 レンの言葉に頷き返す僕たち。とりあえず、落ち着いた場所で黒翼の怪我を治さなければ。

「逃がさないよ、レン!! ――“雷よ,その光を以て……”!!」

「――“退却せよ! 『リトリート』”!!」

 詠唱を始めようとするランを睨みながらもレンは手早く短距離の移動魔法を唱えた。
 ふわり、と光に包まれ、僕たちは戦線を離脱した。


 歪んだ愛情は、もう届かない。
 憎しみは……誰かを傷つける刃となる。


 Chapter25.Fin.

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