「誕生日、おめでとう」
そんな楽しげな親友の声と共に目の前に現れたのは、夏を彩る黄色の花束だった。
「……誕生日?」
僕は自分の誕生日がいつなのか覚えていない。 祝ってくれる人なんていなかったからだ。
生まれ故郷では存在を疎まれ、他者との関わりを禁じられた生活の中で、しかし幼なじみの少女だけは周りの目を気にせず僕に接してくれた。
……その結果、彼女は命を落としたのだが。 閑話休題。
それはそれとして、その彼女が言っていた。 僕が産まれたのは夏だと。 大人たちが話していたのを聞いたそうだ。
そういえば、そんな話を花束の向こう側にいる親友にした気もする。 具体的な月日はわからないが、とも。
「……なんでまた。 突然だね」
花束を受け取りながら彼に問えば、よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。
「外の世界に行ったらね、この花が綺麗に咲いていたんだ!
その世界の人に聞いたら、なんでも夏を象徴する花って……ええと、なんて名前だったっけな?」
「ひまわり」
「そうそう、ヒマワリ! ……ってディアナ、知ってたの?」
僕たちはこの小さな世界にふたりぼっち。 僕と彼しかいない、小さな小さな星。
短くはない時間を共に過ごす中で、僕は彼に故郷の話を何度かした。 故郷には四季があって、色とりどりの花が咲くということも。
ここに引きこもる僕とは違って、彼は他の世界へ興味を持ち、よく遊びに行っては、四季のないこの世界のため、そして僕のために、様々なお土産を持って帰ってきてくれた。
「知ってるよ。 ……故郷にも、咲いてたから」
太陽に向かって咲くというこの花が、僕には眩しすぎた。
故郷や過去のことを思い出すと、気持ちがどんどん沈んでいく。 ……思い出すのは、僕のせいで死んだ少女。
……ああ、あの子もこの花を見て笑っていた。 貴方の花だと。 貴方の季節の花だと。
(出逢わなければ……僕が、生まれなければ、彼女は……)
死ぬことは、なかったのに。
「ディアナ」
深い思考の海に堕ちていく僕を引き上げるのは、いつも彼だった。
この星で出逢い、共に生きる、大切な親友。
優しげな笑みで、彼は僕に告げるんだ。
「ボクは、ディアナに逢えて嬉しいよ。
だから、産まれてきてくれて……ありがとう」
存在を疎まれてきた。 親もいなかった。 彼女以外誰も僕に優しくなんてしてくれなかった。
その彼女も死んだ。 僕のせいで死んだ。
自分のことなど忘れて幸せになって、と最期まで彼女は僕の身を案じ続けていた。
この命は。
誰にも赦しを得られないと思っていた。
この命は。
誰にも必要とされていないのだと……ずっと、思っていた、のに。
「……泣かないで、ディアナ」
『産まれてきてくれて、ありがとう』。
その言葉が、こんなにも……嬉しいものだなんて。
ぽろり、ぽろりと涙を流す僕の頭を撫でてくれるその手は、とてもあたたかくて。
ああ、僕は、生きていて良かったんだ。
「おいで、ディアナ。 ケーキやごちそうも用意したよ」
誕生日には豪華な食事とケーキが付き物と教わったからね。
そう言って僕の手を引いて、小さな家へと帰る彼。
「パーティーは大人数でするものだって聞いたけど、そればっかりはどうしようもないからね。
ボクとふたりっきりで我慢してほしいな」
茶化すように話し続ける彼の背は、なんだか楽しそうで。
「……人が多いのは好きじゃないから、ふたりっきりで大丈夫だよ」
黄色の花束を片手に抱えて、僕も彼に返事をする。
……この花束をどこに飾ろうか。 太陽が見える場所に、飾ろうか。
そんなことを考えていた僕へくるりと振り向いて、彼はとびきりの笑顔を見せてくれた。
「誕生日おめでとう、ディアナ!」
「……ありがとう、リシュア」
夏の空の色を映したような彼の髪が、風に煽られて揺れている。
眩しいほどの彼の笑顔に、僕は生まれて初めて存在を赦されたような……そんな気がした。
君に逢えてよかった。 産まれてきてよかった。
……たとえ、どんな別れが訪れようとも、この想いは変わらないだろう。
ふたりぼっちで過ごした『誕生日』を、忘れないから……ずっと。