I'll -アイル-

Act.13 蒼穹を映す瞳


「キリクが、死んだ」

 その情報が街の出入り口で待機していた二番隊のメンバーに伝わったのは、キリクが死んでから約半刻後のことだった。
 静かな動揺が、待機していたメンバーの間を駆け巡る。
 残酷な事実を伝えに一時戦線を離脱したのは、三番隊のラトリだった。

「なんで、どうしてキリクが!!」

 フィーネが彼に問い詰める。ラトリはぽつり、ぽつりと話し始めた。

「ミカエルを庇って、重傷を負って。どうせ死ぬからって、カルマに……」

 自分が見てきたものをゆっくり語る彼に、フィーネはもちろんフィリアとジュリアも涙を零す。

「……他にも負傷者がいるかもしれません。私たちも、戦場へ向かいましょう」

 幼い半獣人ビーストクォーターの双子の肩を抱きながら、ミライが静かに指示を出した。

(……どうして、キリク……)

 走り出すミライたちを追いながら、フィーネは手を握りしめる。
 彼女にとっても、キリクは大切な家族のひとりだった。
 救えなかった絶望と、彼を殺めることになってしまったという弟分に対する不安を抱え、彼女はそれでも前を見つめ続けていた。

 +++

(――なぜ人は争って、死んでいくのだろう?)

 泣き腫らした顔で、戦場から少し離れた場所でしゃがみこむミカエル。
 傍には冷たくなったキリクが、いた。
 ここでこうしている場合ではないと、わかってはいる。
 しかし……仲間の死が、こんなにも重く圧し掛かるとは思ってもいなかった。
 前線はどんどん激化していた。
 カルマたちも無傷ではないし、敵も何人か息絶えている。
 ふと視線をそちらに向ければ、ちょうどオッドアイの魔術師と自分の兄が対峙していた。
 ミカエルは、横たわるキリクの亡骸を見つめて、祈るように瞳を閉じた後、静かに立ち上がった。


「――“彼の者に粛清の闇を! 『トラウム・イン・デア・ドゥンケルハイト』”!!」

「――“全てを焼き尽くす光の波! 『リヒトヴェレン』”!!』

 ――一方前線では、カルマとラファエルが同時に魔法を放っていた。
 相対する二つの属性。その魔法は、互いを相殺させた。

「……さすがだな、オッドアイの魔術師」

「……」

 灰色の天使の賞賛も、カルマはただ彼を睨み返しただけだった。
 ――その時。

「――“聖なる光よ,世界を包み……”――」

 ピリピリと張りつめた空気の中、不意に厳かな声が戦場に響いた。

「――“愛を以て,悪しき存在に断罪を……”――」

 ゆっくりと、カルマたちの元へ近づいてくる存在……ミカエルは、しっかりと兄を見据えていた。

「――“そして,朝焼けに堕ちて逝く魂に,慈悲を……。
 《ミカエル・ルクス》の名の元に。『クーストス・サンクティア・ルーケム』”!」

 真名まなを用いる光の最上級魔法を純白の天使が詠唱し終えた後、戦場は柔らかな光に包まれる。
 思わず目を閉じたカルマが再び周囲を見回した時には、自分や仲間たちの傷が完全に癒えていた。

「回復特化の光属性の最上級魔法、か……。
 戦うことを破棄したお前らしい魔法だな」

「そう、だね。僕は政府軍から逃げた。
 戦うことが……人を殺めることが、嫌だから」

 ミカエルは濁りのない眼差しで、ラファエルを真っ直ぐ見つめる。

「だけど、今僕は戦場ここに、いる。
 戦うことは嫌だけど……だけど、それだけじゃ、何も、誰も守れはしないから」

 自分を庇って命を落とした、彼のためにも。
 純白の天使は再び詠唱態勢に入った。

「――“輝く星よ,流れゆけ!! 『シュテルンシュヌッペ』”!!」

「くっ……!!」

 空から無数の光が流れ落ち、避けきれなかったラファエルはその攻撃を食らう。

「まだだよ、ラファエル」

「……ふっ。攻撃魔法に長けてないお前の攻撃魔法なんて大したことないさ」

 攻撃は食らったものの、本人の言葉通り大したダメージではなかったらしく、灰色の天使はほとんど無傷だった。
 ……しかし。
 
「だったら、これはどう?
 ――“我が刃となりし烈風,あらゆる事象を切り裂け! 『アネモス』”!!」

 突如戦場に響いた声と、その声の主が放った暴風が、とっさに避けたラファエルの灰色の翼を掠めた。

「フィーネ!?」

 カルマとミカエルたちが視線を向けると、“I'llアイル”二番隊の一員であるフィーネが立っていた。その足元には、再度詠唱するために魔法陣が描かれている。

「カルマっ! 遅くなってごめんね! よし、もういっちょ行くよー!
 ――“此の地に眠りし風の歌,悪しき者へと解き放たん! 『フロウウィンド』”!!」

 緑色の髪を揺らしながら笑うフィーネ。彼女はそのまま広範囲の風属性魔法を放ち、ラファエルと軍人たちを攻撃する。
 見れば、待機していたはずの二番隊が、各々の得物を構えて戦闘態勢に入っていた。
 ……“I'll”二番隊。主に回復魔法や医療知識で仲間を癒やすことに特化したチームではあるが……戦えないわけではない。
 隊長であるミライと副隊長であるフィーネは魔術師であり、双子のフィリアとジュリアは薬草で作った小さな爆弾を投げている。

「どうして、みんな……」

 泣き腫らした赤い瞳で、ラズカが呆然と呟く。

「ラトリが……キリクのことを教えてくれました。
 ……よくがんばりましたね、ラズカ」

 優しい声で、ミライがラズカの頭を撫でる。
 その瞬間、ラズカは涙を流して崩れ落ち、そばにいたヒメキとゼノンが慌ててその体を支えた。
 そんな彼女たちを見やってから、リーダーであるハリアは灰色の天使を睨みつける。

「ラファエル、と言ったな。キリクのためにも……貴様を倒す」

「……ふん、数が増えたところで!」

 フィーネの攻撃が当たった羽が痛むのか、ラファエルはそこを抑えながらハリアを睨み返した。

「ヒメキ、お前はラズカを見ていろ! 二番隊は適宜怪我人の回復!
 三番隊は周りの雑魚の相手、カルマと桜散サチはあの阿呆天使を叩け! オレとミカエルで援護する!」

『了解!!』

 ハリアの指示にそれぞれの隊が動き、周りの兵士の相手をしていた桜散がカルマたちの元へ戻ってきた。

「ミカエル」

 不意に、ハリアが純白の天使の名を呼んだ。

「これから、お前の兄と本格的に戦うわけだが……大丈夫か?」

「……それは、出陣前にカルマくんにも聞かれました」

 クスっと笑って、ミカエルは言った。

「大丈夫、です。僕は……くじけたりなんて、しません。
 ……キリクさんの、ためにも」

 蒼穹を映したような蒼い瞳が、戦場から離れた場所で横たわるキリクと、その傍に寄り添うラズカとヒメキを優しい眼差しで捉える。

「……そうか。聞くまでもなかったな」

 同じように優しく笑って、ハリアはその金糸の髪を軽く叩いた。
 カルマや桜散に視線を向けると、カルマは無表情のまま、桜散は微笑んで、頷いた。

「……行くぞ」

 魔術師の静かな声に、桜散は刀を構え、ハリアとミカエルは詠唱態勢に入った。

「ラファエル、僕は……君を、必ず倒す」

 例えそれが、間違いであったとしても。
 ここにいる仲間のために、守りたいものの、ために。


 純白の光は、ただ、真っ直ぐに。


 Act.13:終