幻想龍、神剣と少年。

幕間 五 夜明け前の僕ら。


 君の墓前に、夕焼け色の花を添える。

 廻る季節の花を、ひとつ。 艶やかな香りを放つそれは、君のもとへと届くのだろうか。

 季節のない星で、季節にまつわるものを僕に届けてくれた君は……もう、いない。

 

 最果ての世界にひっそりと建つ君の墓標は、そのまま君の孤独と優しさを現しているようだった。

 ひとりぼっちだった僕たちは、この場所で出逢い、そして別れた。 ふたりきりの世界は、かけがえのない思い出として、きっと僕の胸の中で、これからも輝き続けるのだろう。

 

 君の温もりを携えて、僕は行くんだ。

 夜の果て、朝の向こう、夕焼けの中、真昼の星を目指して、太陽と月の彼方へと。

 苦しみも悲しみも痛みでさえも、この両の手に溢れるほど抱き抱えて。 贖罪にすら、なりはしないだろうけれど。

 

 結局僕は、命の答えがわからなかった。僕が生まれた理由も、君が死にゆく定めさえも。

 けれど、最期に君が笑顔でいてくれたから、その痛みが、切なさが、僕の背中を押してくれるんだ。

 

 

 

 風に煽られて花が舞う 。果てなき空へ。 見えない明日へ。

 耳を抉るほどの静寂。 君の声すら聴こえないこの場所に、僕はもう二度と戻らないのだろう。

 在りし日の懐かしい情景が、胸を焼く。

 

 ……嗚呼、それでも――

 

 

「誰よりも君が、大切だった」

 

 

 僕はこの剣を手離せない。 君を屠ったこの神剣を。

 この重さを捨ててしまえたら、きっと僕はもっと素直に泣けるのだろう。

 僕の存在意義ごと、深海に捨ててしまえたら。

 

 

 ……君に赦されなくとも。

 

 

 それでも僕は進むしかないんだ。 君の命を、たくさんの命を背負って。 過去にはもう、帰れない。

 

 

 暗い海が、僕のこころを包み込む。

 朝陽が昇る。 眩しさが、僕を責め立てる。

 ……もう、往かなくては。

 

 

「さよなら」

 

 

 何度も泣いた。 何度も迷った。 けれど、ここに来ることは出来なかった。

 迷いがあった。 自分が赦せなかった。 君がいないことを、信じたくなかった。 ……ころしたのは、僕なのに。

 

 ああ、あのキンモクセイの香りが降り注ぐ。

 優しさだけが満ち溢れていたあの頃。 僕たちは世界にふたりぼっちだった。

 息の根を止めてしまいたい。 けれど何よりも僕自身がそれを許せない。

 あの日に還りたい。 けれどそれは永遠に喪われてしまった。 僕自身の手で。

 

 

 夜明け前、ふたりきり。 墓標の君と、さよならする僕。

 

 

 ……せめて、あの秋を越え、冬を、春を、夏を越え、未来を共に生きたかったよ。

 ……ずっと、いっしょに。

 

 

 

 君に背を向けた僕を、昇り始めた太陽が照らし出す。

 もう、永遠のお別れだ。 振り向かず、歩き出す。

 願わくば君の眠りが、どこまでも優しくありますように……――

 

 

 

「……さよなら、リシュア」

 

 

 

 

(痛い、痛い、痛い、助けて、助けないで、赦して、赦さないで……)

 

 

 

 

 

『それは、とある世界での物語。 【神殺し(ディーサイド)】と【龍神(リシュア)】の、出逢いと別れのお伽噺。

 ……そして、物語は閉じ、迎える黎明の時……――』

 

 

 朝焼けに染まる空を見上げ、【創造神】……アズールは柔らかに微笑んだ。

 

「“答えは、朝焼けの中に”。 君はもう、独りじゃないことに気付いているでしょう?」

 

 ねえ、【神殺し(ディアナ)】……?

 

 ――……それは、運命と記憶を廻る旅へと繋がる御伽噺。

 彼が伝承を繰り返す世界へと旅立つ前の物語。

 

 

 未来へと踏み出す、【神殺し(ディアナ)】の物語……――

 

 

 

 

 幻想龍、神剣と少年。 終